放課後買い物(非)デート記録(3)
そうして話が一区切りついたところでタイミングよく、一つ角を曲がる。
すると少し歩いたところに、沢山の自転車が止まっている建物が、右手側に見えてきた。
目を凝らしてよく見てみれば、自転車に乗ってその場を去ったり、降りて中へと入っていっているのは、小さな子供かその親と思われる主婦ばかり。
先程からすれ違っていた人たちから見るに、あそこが葉柄の目的地としているスーパーで間違いないのだろう。
「そういえばわざわざスーパーで買い物なんて。何を頼まれたの?」
「あん? 特には頼まれてねぇよ」
「え? じゃあなんでわざわざスーパーなんかに?」
「晩飯の材料だよ」
「へ~……」
水月くん料理出来るんだ、という感想は飲み込む。
もし言ってしまって、なんで出来ないって思ってたんだな、って話になれば、なんか目つきが怖いし身長も高いから見下されてるイメージがあって、と抱いたマイナス印象の話をしなければいけなくなりそだったからだ。
「ちなみに、何作るの?」
「んなもん、チラシ見て決めんだよ」
「え?」
「今日の安売りとか、賞味期限が近くで値引きされてるヤツとか、そういうのからどんな晩飯にするか決めるってこった」
「……え?」
なに? その主夫みたいな言葉。てっきり何か記念日的なもの、もしくはテレビか何かの影響でたまたま作ってみたくなった的なものだと思ってたのに。
「……ん? もう帰るのか?」
「あっ、いや。まだ……」
驚いている間に足を止めてしまっていた灯。
そのまま帰ると言えば良かったのに、つい咄嗟に“まだ”と答えてしまった自らの失言にすら気付いていない。
再び葉柄と並び歩きながら、気になったことを訊ねるように会話を続けていく。
「それよりも、晩御飯って毎日作ってるの?」
「まぁな。作って欲しいもんを姉貴が言ってくれてりゃ楽なんだが、基本的に帰って来れるかどうかも分かんねぇからな。毎日俺が考えて作ってる。正直、作るよりも考える方が大変だ」
「お姉ちゃん? 両親は?」
「さあな。生きてりゃめっけもんなんだがな」
「え?」
どういうこと? と訊ね返すよりも早く、駐輪場に沢山止まっている自転車の間を縫うように歩き、最短距離でスーパーの入り口へと向かってしまった。
もしかしたら触れられたくない話題だったのかも……無神経が過ぎた。急いで追いついて謝らないと。
そんな灯の気持ちに反し、自転車や人の数に慣れていないせいで、葉柄のように上手く進むことが出来ず、アワアワと手間取ってしまう。
それでもなんとか正面入り口の方へと向かい、自転車とその前籠の山に挟まれるように出来た通路を歩いて店内へと入る。
灯を放ってさっさと店内を進んでいるかと思われたが、葉柄はすぐ左手にあるサービスカウンターの隅に立ち、チラシを黙々と穴が開くぐらいに見つめている。
カラーの表面が見終わればすぐさま白黒の裏に移り、そちらもまた穴が開くぐらいに見ている。
自分も何とはなしに見てみようとしたけれど、そんなチラシのようなものはサービスカウンターの上に一枚も見当たらない。
それで、最後の一枚だったから焦ったのかと、灯は合点がいった。
嫌がる質問をした訳じゃなかったんだと安心しながら、少しだけ引き返して店の外に出て、買い物籠を拾うように手に取り、彼の元へと戻る。
「ん。必要でしょ? 買い物籠」
「ん? おぉ、ありがとう。助かる」
顔の横まで持ち上げ、ぶら下げてやってようやく、チラシから顔を上げた。
そして籠を灯の手から受け取って、ようやく店内へと進んで行く。
灯もなんとなくその後をついて行く。
「そう言えばお前、あのガキはなんだったんだ? ほら、住宅の下で別れたヤツ」
入り口すぐの青果売り場でモヤシを二袋ほど選んで入れ、青物野菜のコーナーを眺めながらウロウロとしながら、葉柄は特に気にもなっていないのに、気まぐれながらに訊ねた。
「え? あぁ、あの子? なんか、迷子だったのよ。学校帰りに見つけたから、つい声をかけちゃって」
「迷子? でもあそこで別れたってことは、あの住宅に住んでる子ってことだろ? お前、もしかしてこの辺に住んでたのか?」
「まさか。この辺に来たのは今日が初めて」
「ってことは引っ越してきたのもやっぱりお金持ち側か……」
「お金持ち側?」
「この辺の地区は学校を出てすぐ左手に曲がるだろ? で、右側に曲がったら、駅に近いし高級マンションとか普通の一軒家とか、そういうのが固まってるじゃねぇか。コッチは集合住宅とか昔に建ったマンションとかいつ潰れてもおかしくない一軒家とかばっかなのによ」
「ああ、だからお金持ち側……じゃあ水月くんの言い方を借りるなら、私はお金持ち側に住んでるってことになるかな」
「それなのに迷子をこっち側まで送り届けれたのか? 住所とか聞いただけで?」
「いや~……そうしてあげたかったんだけど、引っ越してきたばっかでさすがにそれは無理で……実はただ付き添ってただけなのよ」
三十円引きの値札が貼られたほうれん草を一束取り、次は鮮魚コーナーへと移動する。
「なんでも小学校の友達何人かで、遠くにある公園に自転車に乗って遊びに行ったらしいの。で、遊んでそろそろ帰ろうかって時に自転車がパンクしちゃって、そのまま置いてかれたみたい」
「なんだそりゃ? イジメか?」
「どうだろ。本人は自転車パンクして止まってる間に、話に夢中で忘れられただけって言ってたけど……」
「ま、ガキが強がってるようにしか見えねぇわな」
本日の特売! と書かれている茎わかめの小パックを取り、向かいの壁沿いに並べてある精肉コーナーへ。
「で、お前はそれに共感でもしちまったか?」
「共感とかそんな……」
「明確なイジメからくる無視じゃなくて、そろそろとソチラへと歩いていってるような、本格的なイジメに向かう直前の無視を受けてるんだろ? 今のお前は。同じようなもんじゃねぇの?」
「同じじゃないって。向こうはまだ相手が気付いてなかっただけって可能性があるけど、私のは実際に疎まれてる感じだし……」
「なんだ、そこまで気付いてんのか」
「……気付いてるから、話を聞いてくれた水月くんに色々と話し聞いたんだし……」
「そう言やそうだったな」
パック詰めされた鶏肉のグラム数を見比べて、少し分量が少ない方を選ぶ。
「で、共感も何もないのに、見ず知らずのガキを助けたのか?」
「だってしょうがないじゃない。泣くのを必死に堪えながら自転車押してる子供見たら……放っておけないでしょ」
「ウチの学校だけじゃなくて、外でもそうやって正義感を振りかざすんだな」
「……私としては、そんなつもりはないんだけどね。ただ、正しいと思うことをして、皆を正しい方向へと持って行きたいだけで……」
「俺もそうだけど、そういうのってなんか反抗したくなるんだよな」
「え? 何ソレ」
険しくなった灯の声を気にすることなく、さっきまでと同じ淡々とした口調で商品を眺め歩きながら葉柄は続ける。
「たぶん、正しいってことは、自分でも分かってないどっかで分かってんだんだよ。でも、他人に図星を突かれてイライラして、つい反抗しちまってる。言っちまえば、俺達はただのガキなんだよ」
「ガキって分かってるなら直してよ……」
「自覚ねぇヤツよりはマシってだけで、まだ正せるほど大人じゃねぇんだよ、俺は。やっぱ言われたらイラってするし、反抗する。んでしばらくしてからやっと気付くんだ。図星を突かれてイラってしたんだなって」
「だからそう思うんなら反省して聞き入れてって話なのよ」
「反省してる……つもりだけど、反省できてねぇから、何度注意されても授業中に寝ちまうんだろうなぁ……」
「んな他人事みたいにシミジミと言うなっ!」
と、周りの客を気にしないで大声でツッコんでしまい、ちょっと恥ずかしいなと思ったところで、灯はふとあることに思い至った。
もしかしてこうして買い物して、晩御飯を作って、おそらくは他にも家事をしてから、放課後凍梨さんに教わった部分をまた復習したりして、その結果寝る時間が削られてしまったそのせいで、授業中に寝てしまってるだけなのでは。
と。
「…………」
だが灯は、そのことを訊ねることは出来なかった。
通路を曲がり、入り口方面へと向かう別の通路へと入り、さらに曲がって精肉売り場へと向かう通路に並ぶパン売り場へ。
そこで食パンや菓子パンを見て、選んで、考え込んでいる彼を見ていると……やっぱりさっきはこの話をされたくないから、私を遠ざけるように店の中へとスルリと入っていったのではと、そう思ったから。
だって……さっきの考えに思い至った時……同時に一つ、彼が答えてくれた中に、とんでもないものが一つあったことに、気付いてしまったから。
――お姉ちゃん? 両親は? ――
――さあな。生きてりゃめっけもんなんだがな――
生きていればめっけもの……それはつまり、両親は離婚なんかではなく……――
――……行方不明に他ならない、ということだから。




