放課後買い物(非)デート記録(2)
思いもよらぬことを言われたせいか、いつもなら断るところなのに、何故か着いて来ても良いと葉柄は言ってしまった。
言ってしまってから、自分の行動に対して強い後悔の念を抱いた。
面倒事はごめんだからと色々と誤魔化そうとしてたのに……なんでこう首を突っ込む形になっちまったんだ……。
前籠にスーパーの袋をつめた自転車に乗る主婦とのすれ違いが多くなってきている中、二人横並びになって葉柄の目的地へと向かっている。
互いに無言。
悔いている間も全く話しかけてこず、だからと先程までの躊躇いの色もなく、いい加減妙な気まずさを感じた葉柄は、しびれを切らしたかのように声をかけた。
「で?」
「え?」
「え、じゃねぇよ。聞きたいことがあるからついて来てんだろ。いい加減話せよ」
「あ、うん……」
「このままだと本当に俺に惚れててただ一緒にいたかったからてきとう言ってついてきた、ってことにしちまうぞ」
「それは困る!」
咄嗟に力強く否定。
これじゃあ心の底からイヤがっているみたいで水月くんを傷つけてしまったかも、と灯の脳裏が過ぎったけれど、横目で確認すると全く気にした様子も無かった。
それでようやく灯は、キッカケを掴ませてくれたのか、と理解し、話を始める。
「そうじゃなくて、聞きたいことって言うのは、今日のあの大掃除のことなんです」
「チッ!」
「えっ!?」
いきなり大きな舌打ちをされてしまい、これから話す内容も合わさってビビってしまう。
「さっきのあのやり取りで誤魔化せたと思ったのに……!」
「さっきの……? って、アレってこの話を誤魔化すためのものだったのっ!?」
「いいだろ。んなことはどうでも」
「良くない!」
「なんだよ。じゃあそうやって説教して、俺に聞きたい肝心なことを話さねぇつもりか?」
「そ、それは……」
「ここでんなうんざりするような説教するつもりなら、もうついて来んなよ」
キッパリと告げられたその拒絶の言葉に、灯は口をつぐんで視線を逸らした。
「……で、肝心の聞きたいことってのは? さっきから言ってる、なんであの暴力を振るわれてたデブを助けなかったのか、で良いのか?」
「よ、良くないっ。あ、いや、もちろんそれもあるんだけど……その、それよりもさ、なんかおかしくない? あなた達」
「あん? なにが」
「あの状況でクラスメイト助けないで、刺されて苦しんでいるクラスメイトを見ても平気で自分達だけで話を続けて……誰も心配してなくて……おかしいよ。正直言って……異常だと思う」
言った。言ってやった。
視線を逸らしたままながらも、最も訊ねたかったことを言ってやった。
「なんで……クラスメイトが目の前で刺されたのに……あんなに、平気だったの?」
「なんで……? なんでって言われてもな……どうせ明日には治る怪我だろ? それなのにわざわざ心配する必要があるのか」
訊いてる灯の方がおかしい。
そんな、常識を説いているはずなのに非常識人を相手にされているみたいな反応をされ、ついカチンと来てしまった。
「治るって言っても……でも、痛いことに変わりはないはずでしょ?」
「そりゃ痛いだろうが……でも、治るだろ?」
「それはさっきも聞いた! そうじゃなくて、治るって言っても、刺されたら痛いのになんで! 痛がってる彼を無視していられたのか分からないって言ってるの! 痛いことだって分かってるのに……なんで……!?」
「はぁ? いやだから、治る怪我を心配する方がおかしいだろ」
まるで話が噛み合わない。
「いくら怪我しても治るんだから、ただ痛めつけられるだけを受け入れてるなんてのはおかしいって、転校生は思わねぇのか?」
「思わない! だって痛いし、怖いんだよっ!? それなのに反撃しろって、そんなの無理だよ! だから皆で、助けあって、助けてあげないとダメなんじゃないっ!」
「いやいや、痛いのがイヤだったら、自分でどうにかしないとダメだろ。怪我しても治るんだ。自分も相手も。だったら多少無茶してでも自分の力で抜けださねぇと」
「なっ……!」
「大体お前の考えは、押し付けるもんじゃねぇよ。そう考える奴だけがそうすれば良い。そういう類の奴だ。で、少なくとも俺は、自分の力でどうにかしようともしないヤツを助けようとは思わねぇ。だから何もしてやらねぇんだよ。ま、クラスの連中もほとんどはそうだろうけどな」
死を理解している人と、理解出来ない人の差だろう。
痛みに恐怖して何も出来なかった沼上の方が、おそらくは『前人間』である灯に近い。
「助けられる力があるのに助けないのっ!?」
「自分で何とかしようともしないヤツに貸せる手はねぇよ。まして話したこともねぇ他人だ。俺は、俺が助けたいと思えたヤツ以外は助けねぇ」
「なっ……! 困ってる人がいたら助けるのが普通でしょ!? ましてクラスメイトなのにっ! それなのになんでっ!?」
「それはお前の普通。俺の普通じゃねぇんだよ。それに、さっきも言ったがアレは他人だ。少なくとも友達ですらねぇよ。むしろあのデブとお前となら、説教ばっかだがお前との方が会話してるぐらいだ」
「そんな言い方……っ!」
「はぁ~……っていうか、なんでそんなことを俺に言う訳? 言わなきゃいけねぇのは、あのデブを刺したヤツ本人か、俺以外のクラスメイトだろ。もっと聞き分けの良いヤツが大勢いるだろうし、俺とは違ってお前の意見に賛同してお仲間になってくれるかもしれねぇぜ。それなのに、なんで俺なんだ?」
「それは……!」
うんざりとしたその物言いに、これ以上注意を続けるつもりならここで解散だ、という先程の注意と同じものが、裏側に見て取れた。
それは……灯的には、正直言って困る。
だって今、彼女の話を聞いてくれるのは、たぶん葉柄だけだろうから。
「……それは……他に、話を聞いてくれる人が、いなくて……」
そのことを、正直に話し始める。
聞きたいことを――どうして刺された男子を無視していたのかの事情を聞けそうなのが、彼しかいなさそうだという話を、正直に。
「沼上くんを保健室に運んで、帰ってきたらすぐにホームルームになったでしょ? でね、その後残ってる皆にその大掃除の時のことを、注意したら……その……」
「ああ……バカにされたってことか」
「……うん……。……あと、は? って言われた後、バカらしいって言われて、無視されたり……」
今までちゃんと話を聞いてくれて、注意も受け入れてくれていただけに、その突然の変化に彼女は心底驚いた。
衝撃度合いで言えば、沼上が刺されたのを目の前で見せられた時と同じぐらいだろう。
なんせあの大掃除の一件が起きる前までは、ちゃんと話を聞いてくれていたのだから。
「なるほどね。それで俺が一蹴しないで話を聞いたから、あのデブが刺されても無視した理由とかを聞いたってことか」
「うん……」
「なるほどな……」
ため息混じりに納得した後、で? と葉柄は続けた。
「お前は俺に、どうして欲しいんだ?」
「……え?」
「だから、わざわざそんな話し俺にして、俺にどうして欲しいんだって聞いてんだよ」
「……まさか……助けてくれるの?」
その、思ってもいなかった言葉に、つい甘えが顔を覗かせた。
半ば無意識に、呆然としながら口から出た言葉。
「はっ。まさか」
それを彼は、一笑に伏せた。
「さっきも言ったろ。自分でどうにかしようとしないヤツに貸す手はねぇって。それに、説教ばっかしてくるお前を助ける義理も関係性もねぇよ」
「……分かってたわよ。水月くんならそう言うだろうって」
「だろ?」
そう。分かっていた。ついさっき話されたばかりだから。
それなのに何故か灯は、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、期待してしまったのだ。
それだけ、灯の心が、追い詰められているのだろう。
「ま、まずは自分でなんとかしてみようとすることだな」
そんな無責任な言葉すらも、励ましてくれているのだろうと、これまた一瞬だけそんなことを考えてしまうほどに。




