プロローグ(1)
昔の人は、簡単に死んだそうだ。
俺はそれが、とても羨ましい。
痛みは一瞬。一撃をもっての死は、脳がすぐさま痛覚を拒絶する。
感覚とはそもそも、生きているからこその代物だとしらしめてくるかのように。
力が抜け、絶望が心の中に広がり、孤独に慣れていようとも寂しくなり、死にたいと願っていても恐怖し、震えそうになりながらも震えることが出来ない。
それが死ぬという感覚だ。
自分の中からあらゆるものが零れていくかのように、欠けていくような、落ちていくような、そんな感覚。
「……………………」
ああ、今日もまた、星が見えない。
地面に背をつけ、いつも頭上に輝いているはずのその夜空を見上げても、星なんてものは一つとして見えない。
月がただ、煌々と輝くだけの、雲ひとつ無い暗闇が広がるだけ。
俺はそんな、目の前に映る世界の広さを噛み締めながら……ゆっくりと、目を閉じる。
抜けていく力。
地に染み込む赤黒さ。
変色広がる土の色。
広がる孤独。
真っ暗な絶望。
噛み締める死への歩み。
今まさに見ているこの夜空のように、全てを真っ黒に、血の色で染め上げていく。
世界の広さと同じと例えるには、俺の中にあるこの血はとても少ない。
にも関わらず俺は、図々しくも、この大地全てを自分の色で染め上げることができるような、そんな気がしていた。
それはまさに、大地へと還りたいという、俺の願望が抱かせる夢……。
「……っ」
口から一際大きく溢れた塊は、俺がこの世に留まることが出来ていた手綱のようなもの。
液体として出たそれは、やはり赤黒いのだろう。
……だろう、だ。もうすでに、この視界は暗く黒い。
吐き出したその塊を見ることは出来ない。
けれども……今回こそは、ようやく……やっと…………。
…………………………………………死ねるかも、しれない。