題名のない短編小説 その4
―――ドラマチックな人生を生きてください。
〈キャスト〉
A(男・主人公)
B(男・友だち)
C(女・店員)
喫茶店。
AとBは向かい合って座っている。
B、おしぼりで手をふく。
A、メニューをぱらぱらとめくり、Cを呼び。
A 俺、ホットコーヒーで。
B 俺も、それで。
C、注文を書き込み。
C ホットコーヒー2つで。
A はい。
C、上手へ入る。
AとB、軽く雑談を交わす。
間。
C、お盆に2つのカップを乗せ、再び上手より登場。
C お待たせしまし―――。
―――ドラマチックな人生を生きてください。
―――これは、リハーサルではないのだから。
C、コーヒーをAにこぼす。
A、慌てて立ち上がる。
A 熱っ。(叫ぶように)
C す、すみません。
C、机の上に置いてあるおしぼりを手に取り、Aの服を拭きながら。
C 本当にすみません。ご洋服が……。
A いえ、大丈夫です。そんなに気にしないでください。
C でも。(泣きそうな表情で)
A 大丈夫ですから。(安心させるような声で)
―――ドラマチックな人生を生きてください。
C、逡巡する仕草。
間。
C やっぱり、クリーニング代くらいは出させてください。私の気持ちが収まらないので……。
A ん〜。それじゃあ…。
A,ポケットから携帯電話を取り出す。
A メアドでも教えてもらえませんか?
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「と、いう風にだな…」
「んな、妄想の世界でしか通用しないような展開があるかよ」
「そうか? しかし、恋の始まりというのは、えてして―――」
「うっせーよ」
全く、くだらない。
俺は、こんなあほな話を聞くために、わざわざこんなところにまで足を運んだのか……。
「お待たせしました。こちら、ホットコーヒーになります」
店員が、俺たちの前にカップを置いていく。
「はい、どーも」
「どーも」
―――ドラマチックな人生を生きてください。
「ごゆっくり、どーぞ」
……ほら見ろ。
そんな展開があるはずないだろ。
「ほらな?」
「でも、少し期待しただろ?」
「してねーよ、バカ」
「どうだか」
だいたい、客と店員なんて、普通にしてたら接点ゼロなんだよ。
1日に何人の客が出入りしていると思ってるんだ?
「いらっしゃいませ」
ほら、また新しい客だ。
女性の2人組。
俺たちの席の横を通って―――。
「きゃっ! ……あっ!! す、すみません」
確かに、大して広くない通路だが、机にぶつかることなんて滅多にない。
しかも、机の上に置いてあるカップを倒す勢いで、ぶつかることなんてありえない。
そう。
絶対に、ありえない。
「本当にすみません。ご洋服が……」
―――ドラマチックな人生を生きてください。
―――ここに、台本はないのだから。