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ステマ 6

「ん?」

 突然の乱入者に廣告が斜め上を見上げる。

 ステマの頭上側から長い髪の女子生徒が顔を覗かせていた。二人の上に影を作ったのはこの少女の人影だった。

 少女はベンチに座るステマの頭上に腰を曲げて顔を覗かせている。

「はい?」

「相変わらずですわね! 桜ステマさん! 吾斗廣告さん!」

 ステマの間の抜けた返事に女子生徒は顔近づける為に曲げていた腰を伸ばした。

 背筋をあらためて伸ばした女子生徒は全てが真っ直ぐな少女だった。

 その背筋も。長く腰の辺りまで伸びた髪も。ステマを指差す為に差し出された右手も。その指先までも。

 何よりその眼差しがびしっと曲がることなくステマ達に向けられてくる。

「安売りセールのバカ騒ぎは、購買部の活動と百歩譲って認めたとしても……」

 女子生徒が校則通りとおぼしき長さのスカートをこちらも真っ直ぐ垂らして一歩前に出る。

「あの……穏便に……」

 その女子生徒の後ろにはどこかおびえた様子の四十を越えた辺りの男性教師が立っていた。細身の優男だ。何処か頼りない印象を受ける。

「何だよ、お前か?」

「知ってるの、廣告?」

「むむっ! 桜さん! ご自分のクラスの委員長の顔も名前も知らないんですの? 私よ! 同じくクラスのクラス委員長! 御崎一途みさきいちずよ」

「ああ、そういえばいたね」

「『いたね』――ですって! 桜さん! 学内でアイドルだなんて浮ついた単語! 気安く使わないで下さる?」

「なんでよ? 私の勝手でしょ」

「学校は勉強するところです! アイドルごっこなら、他でどうぞ!」

「『ごっこ』じゃないし! 真剣にやってるし!」

 ステマが膝の上で拳を握り肘を突っ張らせて抗議に頬を膨らませる。

「『真剣にやってること』が、焼きそばパンの宣伝ですって?」

「ふんだっ! 駆け出しのアイドルには、スポンサーが必要なの! 購買部が儲かる! 私にスポンサー料が入る! 皆にもっと知ってもらえる! いいこと尽くめじゃない!」

「その金儲けを学内でしてることが問題なんです!」

「何でよ! 購買部はれっきとした部活動だよ!」

「派手な宣伝なさっていて! 何が『れっきとした部活動』ですか! 不健全すぎます!」

「不健全って何よ! 購買部なんだから、利益考えて当たり前! 購買部アイドルなんだから、人気を集めるのも当たり前! 派手な宣伝ぐらい、普通じゃない!」

「『普通』? 普通ですって! あの〝偏った男子達〟にだけ、人気のあるあなたが? モテない男子に幻想振りまいて、愛想の人気をもらってるだけでしょ!」

「ああっ! 『偏った男子達』って何よ! ちょっと外見に気を遣えなくって、女子に近づかないでって思われてるだけよ! それと女子とどう接していいか分からないから、中途半端に声をかけて気持ち悪がられるだけだし! それでも女子には興味があるから、ついつい視線がいやらしくなっちっゃて女子に視界から逃げられる! そんなこんなで結局女子に更なる距離を取られ、ますます女子と関わる努力ができずに、どんどん女子と縁遠くなっていく! 縁がなくなるから増々女子に気を配らなくなり、自分の趣味に逃げ込んで独りよがりのオタク趣味と外見と言動になっちゃう! それが更に女子に気持ち悪がられて、増々自分だけの趣味の世界に逃げ込んでしまう! 気がつけばもはやどうにもこうにも退くに退けなくなっちゃってる――そんな何処にでも居る普通の男子達だよ! 私のファンは!」

 ステマが肩を怒らせて不意にベンチから立ち上がる。

「立ち上がってまで弁明してる割には、えらい言いようだな、ステマ」

 その様子に廣告が呆れたように目を半目にした。

「あら、ご自覚があるのね。なら、結構! 偏った男子生徒の欲望を満たすだけのアイドルなんて! 健全な学び舎である高校には必要ありませんわ! 私今度の生徒会で、クラス委員長代表として、購買部の廃部を進言するつもりですのよ!」

「なっ! 『廃部』? 廃部ですって!」

「おいおい! いくらなんでも、横暴だろ! 御崎クラス委員長!」

 ステマに続いて廣告もベンチから立ち上がった。

「いいえ! 私は本気ですわ! 特定男子にのみ人気の不健全な部活動! お取り潰しで当然だわ!」

「私はちゃんと! み・ん・な・に! 人気があります! 全校生徒のアイドルです!」

「ふん! だったら証明して見なさいな! 全校生徒に愛される部活動だって! そしたら、廃部の進言! 取り下げてもよろしくってよ!」

「まあまあ、御崎さん。ここはどうか穏便に……」

 一途の後ろにずっと隠れていた男性教師が遠慮がちに口を挟んでくる。

神輿みこし先生! 神輿先生がそんな弱気な態度ですから、この子達が調子に乗るんです!」

「いや、まあ……そうですけどね……」

 神輿と呼ばれた男性教師は困り顔ですごすごと後ろに隠れるように下がっていく。

「また弱気で! ただでさえ、幽霊騒ぎで学内が浮ついているっていうのに! 先生方が生徒になめられていては、示しがつきません!」

「はぁ、すいません……」

 神輿は増々は小さくなっていく。

「『幽霊騒ぎ』? 騒ぎですって?」

 ステマの耳がピクピクと動いた。

「そうよ。あなたみたいな生徒がいるってだけで頭が痛いのに。この上ここ数日学内で幽霊を見たって話で持ち切り。もう本当に嫌になりますわ」

 一途がいかにもうんざりと両腕を胸の前で組んだ。

「はは……僕はよく、幽霊みたいに頼りがないって、言われちゃうけどね」

 堂々としたクラス委員長の後ろで、教師である神輿がへらへらと口にする。

「確かに。俺ら影でいろんな先生のことをあだ名で呼んでますけど、神輿先生のことは幽霊って呼んでますね」

「ヒドいな、吾斗くん……影で呼んでるなら、本人には言わないでよ」

 神輿が気弱な笑みを浮かべると、

「ふーん……幽霊騒ぎね……」

 ステマが不適な笑みを浮かべてぺろりと舌で唇を舐める。

「何か考えてるな、ステマ?」

「だって、廃部の危機だよ。色々と考えないとね」

「何かおっしゃいまして、桜さん?」

「別に! 行こ、廣告! お昼休み、終わっちゃうよ!」

 ステマは廣告の手を取ると強引にその体を引き上げる。

「お、おう……」

「むむ、桜さん! 校内での不純異性交遊も禁止ですわ!」

 ステマが廣告の手を取り屋上の出口へと走り出した。その背中に一途が顔を真っ赤にして声を荒げる。

「名前は覚えたわよ! 御崎イケズさん!」

 廣告の手を引き階下へと降りる出口で振り返るステマ。ステマはそこで身を躍らせると一途に向かって指差してみせた。

「御崎一途です! 誰がイケズですか!」

「まあまあ、御崎さん」

 更に顔を真っ赤にして怒り心頭と爆発する一途とその後ろに隠れながらなだめる神輿。

「私が皆のアイドルだって! 証明してあげるわ! ほにょぽろーん!」

 ステマは最後はその二人に満面の笑みを振りまいて廣告の手を引いてドアの向こうに消えていった。

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