ステマ 5
「えっ? だって、魅甘ちゃんなんて血の涙を流しながら、いつもの焼きそばパンを三割引にセールするって決めたんだよ。安物だと思われるの嫌じゃない?」
小テストを突きつけられ目の前で怒りのあまりに破かれても、ステマはけろりと応える。
「やっぱりお前か? ステマ!」
未だ舞う小テストの紙片の向こうから廣告が荒い息を吐いた。
「だって、ねえ」
「『だって、ねえ』じゃねえよ! お昼直前の体育の授業なんか悲惨だったんだぞ! ひたすら走らされて! 購買部の横をこれ見よがしに、入荷したばかりの焼きそばパンの匂い嗅がさせられながら走らされたんだぞ! 焼きそばパン……焼きそばパン……って呟きながら、クラスメートが一人、また一人と倒れていった!」
「うんうん。お腹空くと、焼きそばパンみたいな、手軽でジャンクなものが食べたくなるよね! 今日は何と言っても三割引だったし! いつもは二つで我慢してる人も! 今日は三個買っても損した気分にはならないわ! お得よね!」
ステマが今度はぺろっと舌を出して応える。
「三個も要らんわ! 喉が詰まるわ!」
「だったら、一緒にミルクを買わないと! 英語のテストでも言ってたでしょ?」
「やっぱ、あれもお前の仕業か? 抱き合わせまで考えていたとは……」
「ええ! 激安商品はそれとセットで買ってもらえる商品があってこそ、成り立つんだよ! 皆実際買ってたでしょ? そうじゃなきゃ、何処で損を取り戻したらいいのよ! 魅甘ちゃんに叱られるよ!」
「香川が企画と仕入れをして、ステマが宣伝する! 俺が営業で、田中さんが販売員? これが俺の部活か? 青春か? 何で購買部なんて部活あんだよ! てか、何で俺はこんな部に入ったんだ? 剣道部に入るつもりだっのに?」
廣告が己の頭をかきむしった。
「さあ、何でだろうね?」
「お前が『入部届けもらってきたよ』って、珍しく気が利くなって思って受け取ったら……」
「ひゅぅ、ひゅうひゅうひゅう……」
ステマが顔を明後日の方向に向けたかと思うと唇を尖らせて白々しい口笛を吹く。
「下手な口笛で誤摩化すな。後からよく見たら――『購買部』って書いてあったじゃねえか!」
「私は剣道部なんて言ってないもん。契約書面によく目を通さずにサインする廣告が悪いのよ。書いてあったでしょ、免責事項とか? 最後までしっかり自分の目で目を通さないから悪いのよ」
「免責事項とか普通全部読まねえよ! てか、何で入部届けに。こんなにビッチリめっちゃ小さな字で免責事項が羅列されてだよ! 何の契約書だよ、これ!」
廣告がポケットから小テストとは別の紙片を一枚取り出した。そこには『入部届け』と書かれたそれなりに大きな文字の下に、びっしりと小さな文字が印字されている。
「いやね。ちゃんと法定要件の文字の大きさは守ってるわよ。金融庁の監督指針通り8ポイント以上、一定の事項については12ポイント以上にしてるわよ」
「何で、そこで金融庁が出てくるんだ? 保険の契約書の定款か何かか! 購買部の入部届けは?」
「そんな調子じゃ、将来騙されるわよ、廣告」
「今、まさに騙されてんだよ! そもそも何だよ購買部って! 何で購買部が部活としてあるんだよ!」
「さあ、知らないわよ。有名になりたいって、クラスで最初に仲良くなった魅甘ちゃんに相談したの。そしたら誘われたのよ。プロデュースには資金が必要だって。『購買部を作ってお金儲けするから、一緒に宣伝してあげる。購買部に入ってね』って」
「香川らしいな……」
「『オタク気質のモテない男子生徒が狙い目よ。あいつら少しでも自分を肯定してくれることには、いくらでもお金使うから。ちょっと気持ち悪いぐらいの女の子趣味で攻めて、普段女子と目も合わせられないような連中から、お金と人気を集めるのよ。身近なライブアイドルがまずは一番手っ取り早いわね』――だって!」
「ヒドいな香川……まあ、確かに……焼きそばパンに群がってたのは、いかにもモテなさそうな連中だったが……」
「むむっ! 群がってたのは、私にだよ! 私が売った焼きそばパンにだよ!」
「そうかよ」
「そうよ! ああ、それにしても! 今日の焼きそばパンはいつにも増して最高! 流石軽食の王様! 焼きそばパンを食べ始めてから、なんだか体が軽くなったような気がするの。この年だしあきらめていた毎日の散歩も、今は自分の足で楽しんでます!」
ステマが胸に手をやるや瞳を輝かせて唐突に語りだす。
屋上でそれぞれにお昼休みを楽しんでいた他の生徒たちがその声量に驚いて振り返った。
ステマはその視線を一通り集めると残っていた焼きそばパンを口に運んだ。いかにもおいしそうとアゴを大きく上下させてそのパンを呑み込む。
「わざとらしい感想だな。てか、十五の娘が、『この年』とか言うな」
「あくまで個人の感想よ、廣告」
ステマは何処までも満足げな笑みを浮かべてみせた。そして座ったまま手を空に伸ばし背伸びをする。
その背伸びで制服がステマの肌に張り付き、少女らしい体のラインが強調された。
「あくどいな……一応ステマリン王国の王女様なんだろ? そのあくどさは、王女様って設定に無理がないか?」
廣告は少々顔を赤らめながらそのステマに目をやる。軽く泳ぎながらもステマの頭の先から視線を移動させると、途中太ももの『広告募集中』のステッカーで目が止まる。廣告は唇をぐっと結ぶと慌てたように視線をステマからそらした。
「むっ。廣告が考えてくれた設定じゃない」
廣告の一連の表情の変化に気づかずステマが頬を軽く膨らませて振り返る。
「ガキの頃の話だっての! てか、今時そんな設定のアイドルなんて、イタいだけだろ? 変な設定のあるアイドルが、当時も成功してたとは思えないが……それに今時なら、何十人かでグループ作る方が受けるんじゃないのか?」
「むむ! 私以外に興味のある娘いないから、仕方ないじゃない? それにそもそも、設定じゃなくって――」
ステマが怒ったように廣告にずいっと顔を近づけた。
「お、おう……」
不意に顔を近づけられたせいか、それとも単に先に見とれた顔が目の突き出されたせいか。廣告の顔は先にも増して赤くなった。
その二人の額が不意に影に陰る。
「何が『あくまで個人の感想』ですか!」
そしてヒステリックなまでの少女の声で叱責が落とされた。