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ステマ 40

 田中の魔力に吹き飛ばされて廣告だけがグラウンドに転がっていく。廣告は何回か勢いのままに転がるとステマに背中を向けてようやく止まった。止まると同時に力なく廣告の手足が投げ出される。

「廣告……」

 その様子にステマが呆然と呟いた。

 廣告は転がった先でぴくりとも動かない。グラウンドを取り囲むようにしていた生徒達の輪から悲鳴と怒号が上がった。

 そのどよめきにも廣告は全く動く気配を見せない。

「うそ……」

 ステマがヒザから地面に崩れていった。ステマは力なく地面にお尻から座り込んでしまう。

「ぬう……『ほにょぽろーん』は、ステマ王女の力の解放の呪文ではなかったか……」

 田中が振り下ろした右手を引っ込めた。

「だがやはりステマ王女に魔力の攻撃は通じぬか……」

 グラウンドに座り込んでしまったステマ。その無傷な様子に田中が思案げに呟く。

「しかし、物理攻撃から身を守る騎士がいなくなった今……魔力のみのステマ王女を狩るなど雑作もない……」

 田中がゆっくりとステマに近づいていく。

「ほにょぽろーんの謎は解けなかったが……まあ、いい……向こうに帰る方法など、これからいくらでも考える……今はステマ王女……」

 田中がステマの頭上に右手を振り上げた。その右手は先と違い固く拳が握られている。

「積年の恨み! この拳で晴らしてくれるわ! 死ねい! ステマ王女!」

 田中が勢いよく拳を振り下ろした。


「それは困るな……何処までも無能だね、この大臣は……」


 だが何処からともなく聞こえてきた言葉とともに田中の拳はその途中で止まる。

「なっ……体が……」

 田中の頭上を暗い闇が覆っていた。闇は振り上げた右手を完全に覆い尽くすと、徐々に大きく広がっていき田中の体そのものを包んでいく。

 田中はその闇に包まれまるで金縛りにあったかのように身動きが取れなくなっていく。

「うふふ……」

 暗闇の中から少女の艶やかな笑い声がした。闇の中から真っ直ぐな髪を垂らして少女が現れる。

 少女は全身を闇から現すとステマの手を掴み強引に立ち上がらせた。

「一途ちゃん……」

 その姿にステマが呟く。

 そう。それは御崎一途だった。

 一途はステマを後ろから羽交い締めにした。

「一途ちゃん、何するの……」

「……」

 一途は何処も見ていない。何処にも届かないような光をたたえてその目を瞬き一つせず見開いていた。一途はその感情の剥落した目で無言でステマを羽交い締めにし続けた。

「貴様……」

 田中の背後にはいつの間にか別の人間が現れている。そこには細身の優男が立っていた。

 現国の教師――神輿が田中の背後にぴたりと張り付いていた。

「貴様……神輿……」

「そうだよ、エリザベス・グラグロワ・ドゥブル・バガルガス――いや、今は結婚して、姓が変わったんだってね。おめでとう。田中エリザベスさん。これでもう僕に色目を使ってくることはなくなるよね。昔からうっとうしかったよ、君は」

 田中の背後に立った神輿が左手をその背中に当てていた。

 神輿の左手からは暗い光とでも言うべき闇がにじみ出ていた。

「――ッ! 貴様……」

 田中が目を剥いてのけぞりながら背後を振り返る。

「おいおい、動かないでくれよ。いくら僕の力だって、二人同時に操るのはしんどいんだ。もっともこれだけ接近しても、君の自由を奪うのが精一杯か。流石だ。御崎くんを操っている場合じゃないかな」

 神輿が一途に視線を送る。

 一途はそれでも無反応だ。一途は人形のような目と動きでステマを後ろから羽交い締めにし続けていた。

「神輿! てめえ、何やってやがる!」

 そのステマと一途の向こうから男子生徒のものらしき血を吐くような叫び声が聞こえてきた。

 吾斗廣告だ。

 廣告の絶叫めいた叫びがその場にいた全員の耳に轟いた。

「廣告!」

 ステマが歓喜に首を巡らせる。

 ステマに向かって廣告が覚束ない足取りで近づいてきた。

 近づく廣告に警戒するように一途がステマごと向き直った。

「廣告! 大丈夫なの?」

「何とかな……」

 廣告は額から一筋の血を流していた。血は右目に流れ込み視界をぼやけさせているようだ。廣告は相手をよく見ようとかその血に染まる右目を細めて眼光を光らせる。

「何って、反乱の続きさ」

「『反乱』だぁ? 反乱起こした大臣は、そのおばはんだろ?」

「おや、ステマ王女の設定を忘れたかい? ステマリン王国は悪の大臣とその〝部下〟の叛旗で滅びかけたんだろ?」

「なっ?」

 その台詞に廣告が目を剥く。

「そうだよ。自分達で言ってたじゃないのかい? 僕も久しぶりとでも言っておこうか? エリザベス大臣の下で一緒になって〝反乱を起こした部下〟は僕だよ。ステマ王女。廣告くん」

「神輿、てめえ!」

「まあ、もっとも。エリザベスは僕の手の平で、踊っていただけだけどね」

「ぐぬぬぬ……」

 田中が悔しげにうなる。だがその自慢の筋肉は神輿の力に完全に押さえつけられているようだ。

「面白かったよ。ちょっと結婚をほのめかしたら、国王にまで背きやがった。魔力で操るまでもなかったね。まあ、僕には都合がよかったけどね」

「おばはん! こっちでもあっちでも男に騙されてたのか!」

「ふしゅうぅ……」

「何で反乱なんかを……」

 ステマが苦しげに呟く。

「何故だって? 王族の魔法だけが作り出せる錆びることを知らない金属! 誰もがあがめるその金属で作った王冠を頭上に頂き、ステマリン王国の王は代々王国を治めてきた! きれいごとを並べてな! 魔力を直接の統治に用いず! 人気取りみたいな方法で民衆を導いていた! ああ、立派さ! だが僕から言わせれば生温い! 民衆なんて、力でねじ伏せればいいんだ! 人を操る力を持ってる僕からすれば、王族のやり方はもどかしすぎるよ!」

 神輿が言葉の端々に力を込めて力説する。それと同時に神輿の操る闇はより深く濃く、大きく広がっていった。

「王族は馬鹿なんだよ! せっかくの力があるんだから、魔力で直接人心を操ればよかったんだ! 下手な人気取りをして、民衆に気に入られようと遠回りな努力をして! 敬愛とか、尊敬とか! 魔力で力を見せて間接的に得る必要なんてないんだ! 力で直接相手の心を動かし操り、自分の手の平の上で踊らせればよかったんだよ!」

「おおおおぉぉぉぉ……」

 闇に田中が呑み込まれていく。田中の表情が苦悶に覆われていく。

「さあ、もう一度立ち上がれエリザベスよ! 僕の為に、もう一度世界を揺るがす魔力を放つのだ!」

 神輿の言葉に呼応し、

「ぐおおおおぉぉぉっ!」

 闇に包まれた田中が野獣のような雄叫びを上げた。

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