ステマ 4
「どう考えても、この味はスィーツじゃねえぞ、ステマ」
吾斗廣告は青空広がる空の下、青のりのちりばめられた焼きそばパンを口いっぱいに頬張った。
その顔には方々に絆創膏が貼られてる。その絆創膏に混じって三割引のシールもオデコに貼りついていた。
生地も小麦粉なら、中身も小麦粉。廣告は己の朝の心地よい目覚めを邪魔し、己が三割引で売りさばいたその小麦粉の固まりを勢いよく咀嚼する。
「えっ? 取り合えずスィーツって言っとけば、皆飛びつくのよ。何言ってんの、廣告?」
焼きそばパンの青のりを頬の方々に張りつけ、信じられないと言わんばかりに目を見開いてステマが振り返る。
鼻血はすっかり止まったようだ。今はその美貌を惜しげもなく陽光に曝していた。
膝上までしかない短いスカートからまばゆい太ももの覗かせてステマは廣告の隣に座っていた。その太ももの上で一際目立ったのは『広告募集中』の張り紙だ。
お昼休みが半ば過ぎた私立屋良堰田高校の屋上。そのベンチ。
春先の陽気をたんまりと味わえるシチュエーションで、廣告とステマが焼きそばパンを口いっぱいにほおばって顔を見合わせた。
「やっぱり広告戦略で言ってたか? ステマ?」
「いいじゃない、別に? 魅甘ちゃんが、断然その方がいいって言ったんだもん! それに何て言ったって、完売御礼! 魅甘ちゃんは『ケケケ』とか上機嫌だったし、田中さんも『ぐふふ』とか喜んでたじゃない!」
「ああ、二人とも直視できない程の笑顔だったな。まあ、それでステマは、王女様として皆の人気が取れて万々歳ってか?」
「そうよ。何と言っても私はステマリン王国の王女! アイドルとして! 王女として! 皆からの応援が力になるの! ほにょぽろーん!」
「そういう設定だろ? いい加減恥ずかしいからやめろよ」
「ぶーぶー。廣告が考えた設定なのに。魅甘ちゃんもその設定を生かさない手はないわ! って、色々イベント考えてくれてるのに」
ステマが焼きそばパンで口いっぱいの頬を更に膨らませ唇を尖らせた。
「はいはい。商売上の設定設定」
「だって! だって! 私実際、両親に似てないし! 本当に異世界から来たかもだよ!」
「俺も大して両親には似てねえよ」
廣告がふてくされたようにぷいっと顔だけ横に向けた。
「廣告はアレよ。ご両親が福袋セールかなにかで、中身確かめずに授かっちゃった系よ」
そんな廣告をステマが上半身を折って覗き込む。
「失礼な! てか異世界からきたお姫様が、購買部のアイドルで! 焼きそばパンの宣伝してるってか?」
廣告が顔をステマに戻す。廣告は疑惑に目をわざとらしく細め、瞳孔を疑わしげに中央に寄せた。
「下積みはどんな世界にも必要でしょ?」
「お姫様の下積み時代なんて聞いたことねえよ!」
「むむ。たとえ生まれながらのお姫様でも。今は立場も力もないもの。焼きそばパンを売って、皆に好かれる努力はするべきだよ」
ステマがむっと眉間にシワを寄せ今度は唇だけとんがらせる。
「で? 朝から、三割引三割引ってうるさかった甲斐はあったてか?」
「あれは、ただのレポートよ! 宣伝じゃないわ」
「一緒だろ? てか、今日一日なんだ?」
「何の話かな? 分かんないな?」
「とぼけんな。まずはこれだ――」
廣告は制服の懐に手を突っ込むと一枚の紙片を取り出した。
何かのテストのようだ。活字が並ぶ問題文にシャープペンシルで答えが記入されている。採点済みらしく赤い丸より赤いペケの方が目立つ。英語の小テストらしい。
「これはいったい何だ?」
廣告は英語の小テストをステマに突きつけた。
「48点? その成績を『いったい何だ』と言われても」
「点数じゃねえよ! 問題文のほうだよ! 見ろ!」
廣告がステマに突きつけた英語の小テスト。その文面が満面の笑みを浮かべるステマの眼前で揺れる。
◎問一、次の文章を英訳しなさい。
一、『焼きそばパンは購買部で買うのが一番です』
二、『購買部の焼きそばパンと一緒にミルクを買うべきです』
三、『購買部の焼きそばパンは、本日何と三割引きです』
「一と二は許せても、三は許せねえだろ!」
小テストをプルプルと震わせて廣告が声を荒げた。
「何で? 偶然よ! 偶然今日、購買部焼きそばパンが三割引だったのよ! ホント、偶然よね!」
ステマが焼きそばパンをさも何事もなかったかのように続けて頬張った。
「いや、それ絶対違うだろ? 問二もおかしいし!」
「何よ?」
ステマがノドの奥の焼きそばパンを呑み下しながらテストの下に方に視線を落とす。
◎問二、次の英文を和訳しなさい。
Stera:Is this a YAKISOBAPAN?
Bob:Yes. I love YAKISOBAPAN! Let's go to KOBAIBU! Today is dicountday! Oh yeah, three discount!
「訊かれたことだけに答えろよ、ボブ! 『Yes』の後、何で三割引まで答えてんだよ! てか、何でこんなに焼きそばパン推しなんだ? 今日の英語の小テストは?」
廣告はぐいぐいと48点の英語の小テストをステマに突き出した。
「イヤだな、廣告ったら。私が知るわけないじゃない」
焼きそばパンをペロリと平らげステマがこちらはケロリと答える。
「そうか……じゃあ、こっちに覚えはないか? 化学の小テストだ」
廣告はポケットから別の小テストを取り出しステマに突き出した。
「こっちも赤い丸より、赤いペケの方が多いわね」
「るっさい! 俺の点数より、問題文の方をみやがれ!」
廣告が今度は37点と書かれた小テストをステマの眼前で振る。
◎問一、購買部の焼きそばパンに入ってる必須アミノ酸を答えよ。
「百歩譲って、焼きそばパンの中の必須アミノ酸を訊かれるのよしとしよう! ああ、よしとしよう! だが何故! 『購買部の』なんてわざわざ書いてある?」
「知らないわ! そうよ! 多分今、密かに購買部の焼きそばパンがブームなのよ」
「そうか? それじゃ、第二問――」
廣告の小テストを持つ手はやはり何処かプルプルと震えている。
そこに踊っていたのはやはり似たような文面。
◎問二、なお、本日の三割引品でも栄養価は同じであると証明せよ。
廣告はその赤いペケの踊る小テストを前に突き出し、
「化学のテストかよ、これ! 三割引言いたいだけだろ!」
怒りのあまりにか最後はびりびりと破り捨てた。