ステマ 39
「ぐふふふ……」
田中がノドの奥を鳴らして笑った。ステージの照明が吹き飛び、グラウンドの屋外照明が一際目立つようになった陽も暮れかけの私立屋良堰田高校。田中の含み笑いがその薄やみに響き渡る。
「おばはん……一体何が目的だ……」
ステマをかばうように立つ廣告が田中を睨みつける。
「『目的』だと――」
田中がうっすらと笑みを浮かべる。
「復しゅうに、決まっている! 我はこの世界で受けた屈辱忘れんぞ! 会いたい会いたいってメール来るから会ってやったのに! 待ち合わせでぽつんと待つ我を遠目に見て逃げていく男! 二三度会っただけで金を無心し、貸してあげたら二度と連絡がとれない男! さんざん貢いでやっとことに至ったのに、終わったらそそくさとホテル代も払わずに帰っていく男! 何より毎日仕事を探す訳でもなく、家でごろごろごろごろと! 我の旦那は何もしない! そのくせ我の稼ぎで毎日ギャンブル三昧! たまに見せる優しい態度にほだされてきたが、全てを思い出した今――もう許さん! 旦那! そしてこの世界! この世の男どもに復讐だ!」
田中の身から更なる突風が巻き起こる。どうやらそれは田中の魔力に呼応して起こっている風のようだ。田中の感情が高ぶる度に周囲に風が巻き起こりステージや屋外テントの残骸をまき散らした。
「おばはん! 王国の簒奪はどうした?」
「今は、それも小さきこと! 今は邪魔な王女を倒し! 旦那に真面目に働いてもらうのが大事!」
「じゃあ、一人で説得しろよ! 王女とかもう関係ないだろ!」
「はは! 飲んだくれの穀潰しでも、我にとっては愛する旦那様! 我の元居た世界に連れていって、王座に就けるのもまたよし! 『俺は人に使われるような人間じゃないんだよ』とか言っておったからのう……流石に王の仕事なら、真面目に働いてくれるであろう……」
「おのれ……何処まで本気だ……」
廣告がステマを背中に隠して田中に対峙する。
「廣告! 武器もなく、魔力もない、貴様が! 我の前に立ちふさがるとは、片腹痛いわ!」
田中が右手を振り上げた。田中のその右手が内から光る。
そして田中がその右手を振り下ろすと廣告の体だけが横に吹き飛ばされた。
「うわっ! また風圧かよ!」
「廣告!」
ステマが吹き飛ばれた廣告に駆け寄る。
「ぐふふ……これは魔力よ……貴様は魔力で吹き飛んだのよ……」
「ややこしい! どっちでも結果は同じだろう!」
廣告が上半身だけグラウンドから身を起こした。
「廣告……」
ステマがその肩に心配そうに手を置く。廣告の制服の背中がばっさりと破れていた。そこから廣告の背中が大きく覗く。その破れ目に合わせたかのように廣告の背中に斜めに走った傷跡が外に曝された。
「そうかな……あえて魔力で薙ぎ払わせてもらった……その結果、何故貴様だけ吹き飛んだ、廣告よ……」
「な……」
廣告が目を剥いてステマに振り返る。田中の魔力に吹き飛ばされた廣告は土ぼこりまみれだ。何事もなかったかのように駆け寄ってきたステマとは対照的な姿だった。
グラウンドの周りでは生徒と教師達が何事か起こったのか理解できない様子で固唾をのんでステマ達を見守っていた。
幾人かの教師が駆け寄ろうとしたがその度に田中に睨みつけられその場で金縛りにあったように動けなくなる。
「ふん……記憶をなくしたままでも、王女は王女。我の魔力を軽くいなしおったわ……ステマ王女よ。その力で我をもう一度ステマリン王国まで送ってもらうぞ」
「田中さん……」
ステマが廣告に肩を貸して立ち上がらせた。
「おばはん! ステマは何処にでもいる女の子だよ! そんな力ある訳ねえよ!」
「あるのだ! あるはずだ! 我を含め数人をこの異世界へと送った程の力が! その魔力が! そう例えば! 例の挨拶など――それではないのか!」
「な……」
「えっ?」
田中の言葉に廣告とステマが目を白黒させる。
「さあ、今こそ例の呪文めいた言葉を唱えてもらおう……ステマ王女! 貴様は我の先の攻撃を軽く退けた。それは魔力が戻ってきている何よりの証拠! さあ、唱えよ……我の魔力を押しとどめるかもしれぬぞ……」
「ステマ! 真に受けることねえ! お前は普通の女の子だ!」
「廣告!」
「だから、俺が守ってやるよ!」
「――ッ!」
廣告の言葉にステマが胸を貫かれたかのようにぎゅっと両手で押さえる。
「その台詞! 十年前にも聞いたわ!」
田中が再度右手を振り上げた。田中の右手は完全に廣告をとらえる角度で上げられている。もう一度魔力を解き放ち廣告を吹き飛ばすつもりだろう。
「食らえ、廣告!」
田中が右手を振り下ろした。
田中の右手から閃光が放たれる。それは真っ直ぐ廣告の――そして背中にかくまわれたステマに向かって飛んで来る。
「く……」
なす術もなく廣告がうめいた。そしてそれでも少しでも守らんとしてか両手を広げて廣告はステマを背中に隠す。
「ダメ! ほにょぽろーん!」
廣告にかばわれたステマが絶叫した。
廣告を救わんとその奇妙な呪文めいた言葉をステマが声の限り叫び上げるが、
「――ッ!」
何の効力もなく廣告だけがやはり田中の魔力に吹き飛んでいった。




