ステマ 38
「キャーッ!」
「うわわわっ! 何だ?」
「おばはんが爆発した!」
ステージの上で爆発的な閃光が起こった。それと同時に突風が巻き起こる。
そのステージの爆発の中心にいたのはラスボスこと田中エリザベスだった。
「エリザベス? 女傑? おい、ステマ!」
突然の閃光に廣告は目を細めながらステマを見る。
「何、廣告?」
ステマも目を開けていられないようだ。光に続いてやってきた風に舞うスカートを押さえながら廣告に応えた。
「田中さんって、確か旦那の姓だったな?」
「そうだよ!」
「旧姓は?」
「えっ? 知らないけど」
「いや、いい……まあ、もう想像はつくから……」
ようやく収まった閃光と突風。廣告はそれでも目を細めたままステージに目を転じた。
ステージの上では田中が全身の筋肉を今まで以上に隆々と盛り上げているところだった。
「我は……そう、我の名は……エリザベス・グラグロワ・ドゥブル・バガルガス! 勿論旧姓! 今は旦那様の姓の田中エリザベス! ぽっ! 思い出したぞ! 我は女宰相としてステマリン王国で豪腕をふるっていた! だが我が本当の野望は王国簒奪! 潔癖な政治を志す王が邪魔になり、その地位を奪い取らんとした者! おのれステマ王女! 異世界に吹き飛んだ際、よくも我を巻き込んだな!」
エリザベス・グラグロワ・ドゥブル・バガルガスこと田中エリザベスの両肩が不意に盛り上がる。
それはわき上がる感情に肩を怒らせただけではないようだ。田中のエプロンの両脇から突き出た袖の部分が筋肉の形に盛り上がった。
そしてもう一度田中を中心に突風が巻き起こった。
田中を中心に爆発的に生じた突風。その風がステージを吹き飛ばした。ステージを形作っていた鉄骨が雨のように曲がり、看板などに使われていた木材が割り箸のように簡単に折れた。曲がった鉄骨と折れた木材がその突風に乗って周囲にまき散らされる。
「――ッ! なっ? ステマ、危ない!」
突風と鉄骨がステマ達のテントまで飛んできた。
そのことに誰よりも速く廣告が反応した。廣告は長机をはじき飛ばしながらステマにとっさに覆い被さる。
「キャーッ!」
ステマが悲鳴を上げる。
そのステマに覆い被さった廣告の上を鉄骨が飛んでいった。鉄骨は廣告の背中をかすめたようだ。
「ぐぅ……」
廣告かその衝撃に苦しそうにうめいた。
「何? どうなってんの?」
「非科学です!」
廣告とステマの向こうでは、突然の出来事に魅甘と花梨が身を伏せていた。魅甘と花梨の上に屋外テントが覆い被さり、それ故にその天幕が二人の身をステージの残骸から守ったようだ。
「キャーッ! 何!」
「おい! どうなってんだ?」
ステージの前では生徒達が逃げ惑っていた。だが何処に逃げたらいのか分からずに互いに別方向に逃げようとしてぶつかっていた。生徒達は一瞬でパニックに陥った。
「ぬん!」
気合いとともに田中がかろうじて残っていたステージからグラウンドに飛び降りた。その着地の衝撃でステージかついに跡形もなく崩れ落ちる。
田中はそのままゆっくりとステマ達の下へと歩いてきた。
「ステマ王女……久しぶりだ……我だ……エリザベスだ……」
田中がステマと廣告を見下ろす。
「田中さん? 『久しぶり』って、今日は何度も会ってるよ……」
廣告の腕の中からステマが恐る恐る田中を見上げる。
「ふしゅるううううぅぅぅ……それはそれ……我の記憶には十年前のことがすっかりと思い出された。その意味では久しぶりであろう。なあ、ステマ王女と、その小さき騎士よ」
「はい?」
最後は己を見た田中の視線と呼びかけに廣告が怪訝に応える。
「忘れたか、小さき騎士よ。廣告よ。無理もない。異世界間の移動は、その前の記憶を忘れさせる。以前の世界での記憶は一日と保たない。だが小さき騎士よ。褒めてやろう。貴様は、この世界に来て他の人間に全てを話すことで、記憶を託したのだろう。そこのステマ王女のことを。我の反乱のことを。違うか?」
「確かに……俺とステマは、それぞれの両親から……俺が小さい頃に、口にしてたって色々と聞かされてるが……」
「なるほど……一日と保たない記憶が消える前に、子供ながら大事なことは周囲に伝えていたようだな……流石はあやつの息子よ……」
「なっ……何、言ってんだ……」
廣告がステマを胸にかくまいながら田中を見上げる。
「田中さん……」
ステマも廣告の腕の中から田中の表情を盗み見る。
二人は心底不思議そうに田中を見上げた。
「記憶を思い出したのは、我だけか……だが、よかろう……このエリザベス……貴様らの宿敵とだけは、覚えておいてもらうおう……」
「リアルにラスボスだったか……おばはん……」
「ふしゅうううぅぅぅ……『ラスボス』とは、今となっては褒め言葉……いくらでも我への賛辞として受け取ろう……だが――」
田中の両の目が赤く妖しい光を宿す。
「『おばはん』呼ばわりは――断じて許さん!」
田中が右手を宙でふるった。
右から左に払われたその右手。その動きに触れてもいないのに打たれたかのように廣告達の体が後ろに吹き飛んだ。
「おわっ?」
「キャーッ!」
廣告がステマをかばったまま背中から地面に激突する。
「これが魔力ってやつか?」
「廣告、大丈夫!」
ステマが廣告の腕を振り払いその身を先に起こした。
「ぐふふふ……今のただの風圧……」
「どんなけ、怪力だよ! おばはん!」
「おばはんは許さんと言ってる!」
田中が足を一歩前に大きく踏み出した。その足が大地に着くや巨大な振動が周囲に砂埃に波紋を呼び起こして広がっていく。
「おわわっ!」
「キャッ!」
その局地的地震を起こした振動に大地に倒れた廣告とステマの体が跳ね上げられた。
「キャーッ!」
「どうなってんだよ!」
グラウンドの向こうでは生徒達が散り散りになって逃げ惑っている。皆がパニックを起こしていた。
「ちょっと、吾斗! どうなってんのよ!」
「何が何やら、全てが非科学です!」
天幕の下からようやく抜け出てきた魅甘と花梨が、田中の様子に驚き互いに抱きつき合った。
「逃げろ、香川! 桐山! どうやら、おばはんは、俺とステマが目的らしい!」
「はい? 何を言ってんの、吾斗!」
「ステマの王女様設定は本物だった! その叛旗を翻した逆賊がおばはんだった! どうもそうらしい!」
「な……」
廣告の説明に魅甘が一歩後ずさった。
「香川さん……」
花梨がその魅甘の制服の裾を引っぱる。そして校舎の一角を指差した。南棟の一階辺りを花梨は指差す。
その様子に魅甘がうなづいた。
「待ってなさい、吾斗!」
魅甘と花梨が校舎に向かって走り出す。
「幽霊! これどうすりゃ、いいんだよ!」
廣告がその場に残っていた神輿に振り返る。
「ステマ王女の記憶と力は未だに眠っている。それを呼び起こせばあるいは……」
神輿が廣告に表情を隠すようにうつむき加減で呟くように応え、
「……」
一途はまだイスに座ったまま生気のない目を騒動に向けていた。




