ステマ 36
「お前はいつも金勘定だな、香川」
ステマをじっと見つめていた廣告がふっと漏らす。
「何を言ってるの、吾斗? ステマちゃんはアイドルなのよ。数字が全てを物語る厳しい世界の住人なの。歌の売り上げやコンサートの入りをお金に換算することで、その正当な人気の評価が下せるのよ」
応えながらも魅甘もステマに魅入ってる。その目はずっと吸い込まれたようにステマの動きを追っていた。
「そうかよ」
「そうよ。ていうか、ステマちゃんこのまま売れっ子になるから。吾斗もしっかりしなさいよね」
「何で、そこで俺の話だよ」
「昨日みたいな失態。今度したら許さないって言ってるのよ」
「だからあれはな――」
「あれは不可抗力だった? 不可抗力なら不可抗力で、しっかりしなさいって言ってるのよ」
「な……」
「ステマちゃんがこのまま本当に有名人になったら、あんたどうすんのよ?」
魅甘は廣告に一度も振り返らずに訊く。
「はあ?」
「いつまでも〝向かいの家に住むアイドル夢見てる幼なじみ〟でいてくれる訳じゃないのよ。いつまでも『広告募集中』って分かりやすい宣伝してくれてる訳じゃないのよ」
「知らねえよ。てか、御崎はどうした? 来ると思ったら、居ねえじゃねえか?」
廣告が逃げるように目を周囲に向ける。視線を逃がす先を見つけたかったのか、今この場に居ない一途の姿を追って廣告の視線が泳ぐように彷徨う。
「はん! そこで、他の女の話! しかも御崎クラス委員長の話なんか出すところが、全くもってダメね。ダメダメね」
「はぁ? 何だよ……何が言いたいんだよ……」
「別に……キャーッ! S・A・L・E! YOU SALE SUTEMA!」
魅甘が急に立ち上がり曲のサビに合わせてステマにコールを送る。
「S・A・L・E! YOU SALE SUTEMA!」
魅甘の絶妙のコールに観客全員が後に続いた。会場一体になって送ったコールにあおられたように、観客自身が歓声を上げて興奮する。
ステマはその歓声を全身で受け止めると続けて歌い出した。
ステマの歌は途切れなく続いた。歌詞の一番が終わると、観客をノリに乗せたまま二番を歌い始めた。
皆がステマの次の魅力を引き出そうとする。時に歓声で、時に手拍子で、そして全身を揺らして上げる奇妙な挨拶で。
ステマに応援する気持ちを送らんと会場が心地よいまでに一体化していった。
「きっちりコイ! ばっちりコイ!
コイがコイ呼ぶ お年頃
しっかりコイ! きっかりコイ!
コイはコイだよ 女の子」
「うぬぅ……桜さん。立派になって……」
田中がステージの上のステマのその様子にいかつい顔をくしゃくしゃにした。田中はエプロンのポケットからレースが大量についたハンカチを取り出すと涙を拭き始める。最後は鼻を思い切りかんでポケットにそのハンカチを戻した。
「すごいのです……」
花梨はその吊り目の目をきらきらと輝かせて感嘆の声を漏らす。
ステマはステージで右に左に動き回りその笑顔を惜しげもなく来場者に振りまいた。
ステマが手を差し出す度にその方向にいた観客が歓声を上げ、ステマが笑顔を向ける度にそれを正面から見た観客が怒号を上げる。
ステマは一曲目から観客を沸かせ興奮のるつぼに陥れていった。ステマが身を翻す度にその動きに合わそうと客席が揺れた。ステマが声をからして熱唱する度に観客がそれに和して後に続く。ステマが奇妙な挨拶で呼びかければ間髪を容れず同じ挨拶が一体となって返ってくる。
まさにステマに皆が熱狂していた。ステマの魅力に皆が魅了されていた。
「ふい来ました あなたとの時間
勇気は凛々 過激にアピール
出し惜しみなしよ 大目めに見てねBPO
けどね……
舞い上がって 話せずじまい
口に出るより 胸に溶けゆくこの思い
とやかくご意見 やぼじゃない?
見て欲しいのは 募った気持ち
素直に全て さらけ出すのは 真っ赤に染まる頬だけよ
コイコイ! ステマ!
届いて ステマ!
気づかれたいよ ステマだよ!
コイコイ! ステマ!
伝えて ステマ!
見つけてお願い ステマだよ!」
ステマの歌はまだ続いた。
「うおおっ! ステマちゃん!」
「ステマちゃんの想い! 真っ赤にさらけ出して!」
「知る権利、希望! 表現の自由、最高!」
そしてそれを応援する生徒の熱気も最高潮に達していく。
「ステマ……」
その様子を廣告がテント下で息を呑んで見守った。
廣告の視線の先で皆を鼓舞し魅了するステマ。
「確かにお前は、アイドルとか、王女様とか。そういう特別な人間なのかもな……」
廣告はぽつりとその様子に呟く。
そんなステマの同じ姿を遠目に見て――
「見たまえ……皆がステマに――〝踊らされている〟よ……」
校舎の向こうからすっと現れた神輿が呟いた。




