ステマ 34
翌日、放課後。屋良堰田高等学校のグラウンド。
グラウンドに屋外ステージが今まさに組み立てられていた。毎年の学園祭のものを流用していると思しきそのステージは、まさに『学園祭』と書かれた差し渡しの看板の上から『桜ステマ・緊急ライブ』と銘打たれた紙に張り替えられようとしていた。
そしてそのステージの組み立てに走り回っているのは何故か運動部のユニフォームを着た男子生徒達だった。陸上部やサッカー部、野球部にラグビー部など。日頃グラウンドを主に練習場所にしている運動部員達がいつものユニフォームそのままでステージを組み立てている。
「皆! ほにょぽろーん! お手伝いありがとうね!」
その部員達にステージの下で魅甘と打ち合わせをしていたらしきステマが手を振る。
「うおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉっ! ほにょぽろーん!」
この緊急ライブに練習場所を取られたはずの運動部員達。彼はステマにねぎらいの言葉をかけられると喜々として応えた。
「流石ね、ステマちゃん。グラウンド借りにいったついでに、人手まで借りてくるなんて。しかも人件費なし」
魅甘がそろばんを弾くような仕草を両手でしながらにんまりと笑みを浮かべた。
「皆、自分から手伝ってくれるって言ってくれたよ!」
「うんうん。アイドルとして、着実に人気が出てるわね! これを機に一気に購買部限定アイドルから、学校全体のアイドルへと飛躍するわよ!」
「ほにょぽろーん! 任せてよ! 立派なアイドルになって、ステマリン王国に平和をもたらすわ!」
「その意気よ! ステマちゃん!」
二人して拳を突き上げるステマと魅甘。
ちょうどその横を資材を担いだ廣告が通りかかる。
ステマが一度は勢いよく突き上げた拳をゆっくりと降ろした。
「……」
「……」
廣告とステマの目が合った。そして二人してすぐに視線をそらす。
「何よ……」
「別に……作業で、通りがかっただけだよ……」
ステマが首ごと廣告の視線から顔をそらし、廣告も立ち止まるが相手を見ずに応える。
「……」
「……」
二人がまた無言になる。
「通りがかっただけなら、すぐに作業に戻りなさいよ」
「何だよ? 今日の主役の様子を確かめたかっただけだろ? 何を怒ってんだよ?」
「別に、怒ってなんかないし」
「そうかよ」
「ちょっと、吾斗。ステマちゃんは本番前なのよ。余計なこと考えさせないでくれる? ステージの立ち位置を確かめて、ステマちゃん」
魅甘がステマの手を掴んだ。魅甘はそのまま強引にまだ組み立て途中のステージの方にステマを連れていく。
ステマがステージに近づくと作業中の運動部員から怒号めいた歓声が沸き上がった。
「……」
その様子を廣告が無言で見守る。
「何だい? 桜さんとケンカでもしたのかい?」
黙って立ち尽くしていた廣告の背中に不意に声がかけられる。
「別に……四六時中、一緒にいる訳じゃないッスよ」
廣告がそう答えながら振り返るとそこにはいつの間にか現国教師の神輿が立っていた。
「そうかい? 随分と仲がいいように見えたけど?」
「別に、小さい頃からの腐れ縁ですよ」
「ふーん……『小さい頃』からのね……」
廣告の言葉を神輿が小さく呟くように繰り返す。
「どうしました、神輿先生?」
「いや、ステマくんの設定。小さい頃に、君が考えたんだって?」
「そうッスよ。俺が小さい頃にアイツに語った作り話を、未だ真に受けてこのアイドル騒ぎですよ。巻き込まれる方の迷惑も考えやがれってんだっての」
「ふふ。それも王女らしいじゃないか」
「だから、王女ってのは俺が考えた設定ですよ」
廣告はわざとらしい大きな動きで両肩を落とした。いかにもげんなりといった仕草を肩で表すと廣告はステージ上のステマに目を移す。
ステマは魅甘にあちこちステージの上を連れ回され打ち合わせに奔走していた。そして手伝いの運動部員の側に寄る度に歓声で迎えられ、ステマ自身も手を振って応える。
「そうかい? それにしては随分と具体的だよね? ステマリン王国って名前とか。大臣とその部下の反乱とか。光輝く永遠に錆びない金属で作った王冠とか……」
「そうですか? 子供頃の想像力のせいですよ」
「そうそう、それでね。僕の研究でね。一つ進展があったんだ。桜さんの『ほにょ』だけど」
「だから先生。あれも、適当な言葉で。ステマの昔からの口癖ですよ」
「はは。まあ、聞いてくれよ。『ほにょ』は慣用的に訛ったたんじゃなくって、活用が変わって名詞になったみたいなんだ」
「はぁ……」
興味がないのか、それともそちらの方が気になるのか。廣告は神輿には振り返らずステージの上で動き回るステマの姿を目で追った。
「前も言った通り『ほ』が『顔』で、『の』が『見上げる』の意味。それを名詞にすると『ほにょ』。何の意味だろうね。それに『落下』を意味する『ぽろーん』で一つの言葉になっている。それが桜さんの奇妙な挨拶……本当に、何の意味だろうね?」
「はぁ……」
「〝思い出せない〟かい?」
神輿の目がすっと鋭く細められた。変わらずステージの上のステマを追う廣告の目を深く神輿の視線が射抜く。
「はい?」
廣告がようやく神輿に振り返る。
「もとい。思い当たることはないかい?」
「先生。現国が担当でしょ? 言葉間違ったり、古代文字に興味持ったり。どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ。もう少し準備に時間がかかるみたいだね。ライブ開始は夕方からだったね。じゃあ、しばらく時間を潰させてもらうよ」
神輿がそうとだけ告げると身を翻した。
「先生も来るんですか? 研究はいいんですか?」
「ああ、色々と分かってきたらね」
神輿は廣告に背中を見せたまま手を振り珍しくその姿を曝しながらグラウンドの向こうに去っていった。




