ステマ 33
「うふふ……」
一途はその日頃の生真面目さがみじんも感じられない情熱的な目で廣告を見つめる。
頬は内に蜜を溜め込んだ果実のように丸く赤く、漏らされた吐息はその実で作った果実酒のように甘く鼻腔をくすぐる。
そして押し付けられた胸は柔らかくも熱く、絡めてきた腕はしなやかでそれでいて力強い。
「御崎……お前……」
毛羽立つ肌を隠すこともできず廣告は背中をついたまま後ろに逃れようとした。だが体ごと上に乗られているせいか。それとも本能が応じてしまうのか。廣告は少しも後ろに下がることができない。
「桜さんは、吾斗くんとって何? ただの幼なじみ?」
甘い吐息とともに一途が口を開く。
「なっ……御崎……」
「それとも、自分だけのアイドル? まさか、あなただけのお姫様――って思ってる?」
「どうした、御崎? お前らしくないぞ……」
真っ直ぐそれでいてからめとるように見つめて来る一途の瞳に廣告が大きく息を呑んだ。廣告まるで射抜かれたように一途の視線から目を離すことができない。
「うふふ……まさか本気で、異世界から来た魔法が使える王女様だと思ってたりして……」
「御崎……お前……」
廣告が逃れよう背中をついたまま肘を床にあてて後ろにずり下がろうとする。
「あら、逃げるの? 私から? それとも……」
「御崎、今のお前普通じゃ……て、おい……何だよこれ……」
廣告の目がようやく一途の視線から逃れた。そしてその一途の背中に向こうに何かを見つけて目を見開いた。
「闇……なんだ? 光が……暗闇が物理的に……」
一途の背中の向こうにあるはずの倉庫の天井からぶら下がる照明。それがまるで見通せない。物理的なまでの暗闇が一途の全身を覆い隠すように広がっていた。
「これ……幽霊騒ぎの時の……」
廣告がまたも息を呑んだ。ごくりと大きく上下したノドは先とは違う緊張感をその引きつった動きににじませていた。廣告の額から頬に駆けて同時に冷や汗が滴り落ちる。
「うふふ……」
一途の左手がそんな廣告の右の頬を撫でると――
「ほにょぽろーん! 魅甘ちゃんと手伝いに来たよ! 廣告! 一途ちゃん!」
倉庫の入り口の向こうから能天気なステマの声が響いてきた。
その声に一途の背後の闇が一瞬で打ち払ったかのように掻き消えた。
「おい! 御崎!」
「えっ? ――ッ! キャーッ! 何ですの? この体勢!」
一途がきょとんと一言漏らした後、声にならない絶叫と、金切り声を続けて上げた。
「ちょっと! 何してんのよ、廣告!」
入り口から入ってきたステマと魅甘。ステマは二人の様子が目に入るや真っ赤になりながら駆け寄って来る。
「えっ? あっ? これはだな!」
「言い訳する前に、離れなさいよ!」
ステマは未だ重なり合う二人の側まで来ると両手の拳を腰にやって怒りをあらわにした。
「これは! 何があったか! 私にも!」
一途がようやく廣告の上から飛び退いた。
「いや、スピーカを取ろうとしたら、勢い余って派手に転げてな……」
廣告がゆっくりと体を起こす。
「ふーん……そんな派手な音しなかったと思うけど?」
「それは……落としてから、しばらく……」
廣告はその時の光景を思い出そうとしたのか闇に包まれて向こうが見通せなかった天井を見上げる。だがそこは薄暗いが確かに光を落とす照明のぶら下がったただの倉庫の天井が広がるだけだった。
「『しばらく』何よ? しばらく二人で見つめ合ってたの?」
「えっ? そんな訳――」
「そんな訳ありませんわ! 吾斗が私を馬鹿にするから、近づいて――あれ? その後どうしましたっけ?」
「ちょっと、吾斗。校内でセクハラまがいのことして、訴訟沙汰とか勘弁だからね」
ステマの後に入ってきていた魅甘が眼鏡の向こうで眉間にシワを寄せる。
「何言ってんだよ、香川! 俺がそんなことするわけないだろ!」
「どうだか?」
ステマが怒ったようにぷいっと顔を背け、
「あのな……」
廣告が困ったように一途の横顔をちらりと見た。
「ん? 何よ? 何が言いたいのよ?」
一途はその視線の意味が本当に理解できないのかいぶかしげに視線を送り返して来る。
「覚えてないのか……」
「だから! 私はあなたに文句言おうと思って! 気がついたらさっきの体勢でしたわ! べべべ、別に! 事故みたいなものですわ! やましいことも! ややや、やらしいこともありませんからね!」
「むむ! と・に・か・く! スピーカはあったんだよね? じゃあ、出よ! 廣告が変な気を起こす前に!」
ステマがぷいっとそっぽを向き一人で先に出口へと向かった。そのまま乱暴な足取りで外に向かっていき、振り向きもせずに外に出ていく。
「ちょっと、ホントに何もなかったんでしょうね? 御崎クラス委員長?」
「しつこいですわ! 何にもありませんでした!」
一途と魅甘がステマの後に続いて出ていく。
「覚えてないのか……何だったんだ、今の……」
廣告は一人取り残されまだ触れられた感覚が残っているのか己の右の頬を軽く撫でた。




