ステマ 32
「ちょっと! この私が! 何でここまで手伝わないと、いけないのよ!」
御崎一途の非難めいた声が夕日に染まる校舎に響き渡った。
「お前がステマに手伝うって言ったんだろ?」
その声に吾斗廣告が応える。
二人は体育館の舞台下。倉庫として使われている部屋でほこりまみれになっていた。体育館を講堂代わりに使用する場合の長机やパイプイスが所狭しと並べられていた。
廣告はそのパイプイスの山と積まれた倉庫の奥にずんずんと歩いていく。
一途はその入り口で立ち止まり、立ち上がるほこりに物理的に阻まれたようにそれ以上奥へ進まなかった。
そしてこれ以上進む気も起きないのかふてくされたように両腕を胸の前で組む。あまつさえ一途は頬を紅潮させて怒ったようにぷいっとそっぽを向いてしまう。
「私は書類申請とかを手伝うって言ったんですわ! こんなところで何故、肉体労働してるんですの?」
「突然グラウンドを独占させてもらうからな。部活の連中とかに頼み込まないといけないだろ? そっちは男子受けするステマがいったし。実際のところ形式張った書類は香川の方が慣れてるし。おばはんは『我は夕食の支度が』とか言って、流石に帰ったし。桐山は展覧会の後片付け。残った俺らで、地味な作業してるって訳だ」
「それにしても……この状況……」
一途がちらりと視線を廣告の背中に向ける。
廣告はパイプイスの山の奥から何かを探しているようだ。乏しい灯りと外もそれほど明るくない状況でその背中だけがぼうっと浮かび上がる。
束ねて置かれていたパイプイスに身を寄りかからせ、その束の向こうに手を伸ばして廣告は何やら探っている。
「こんな薄やみの密室に……男子と二人っきりだなんて……」
一途の頬が更に赤くなる。それは窓から差し込む夕日に映えた訳でも、己の扱いの不当さに怒っている訳でもないようだ。
一途は怒っていると案に伝える為に向けた頬を赤らめながら、それでもそらした視線を横に向けてちらちらと廣告の背中を見てしまう。
「何か言ったか?」
今や廣告は束ねて置かれていたパイプイスに上半身を完全に預けていた。
「別に! ですわ!」
「分かった。やっぱりこういう暗いところ怖いんだろ? 幽霊騒ぎの時も、人一倍怖がってたしな」
「なっ! 誰が!」
廣告の挑発に一途が真っ直ぐな長髪を左右に振って奥に入っていく。
「おっ、あったぞ。屋外用スピーカ。これでグラウンドでも、後ろの方の観客にもステマの声が――」
廣告は急に己に近づいて来る一途に気づかなかったようだ。
屋外でマイクの声を轟かせるスピーカ。その一抱え程もある大きさの箱形の機械がパイプイスの向こうに無造作に置かれていた。
廣告は喜色を上げてスピーカを両手で掴む。
行く手を阻むパイプイスを初めとした数々の備品。廣告は回り込むことを諦めたのか、パイプイスの束に身を預けたままスピーカを引っ張り上げた。
「おっととと……あっ!」
たが廣告はスピーカの大きさと重たさを図り損ねたようだ。廣告はパイプイスの向こうからスピーカをどうにか引っ張り上げると、そのまま手を滑らせて手放してしまう。廣告の上半身が重しを失って勢いよく後ろに倒れていく。
「ちょっと、聞いてますの?」
その背中に向かって今まさに一途が近づいて来る。状況も目に入らない程頭に血が上っているのか、真っ赤に頬を紅潮させながら廣告の背中を掴もうとした。
「おわ!」
「きゃあ!」
廣告の驚く声と一途の悲鳴が倉庫にこだました。
勢いのついていた廣告とこちらも前をよく見ていなかったらしき一途がもつれるように倉庫の床に倒れ込んでいく。
「イテッ!」
「痛い!」
廣告と一途がそれぞれ床に転がった。いや実際には廣告はとっさに体を入れ替えて自分だけが床に激突するようにしていた。廣告は一途の下敷きになりながら背中を床に激突させて倒れた。
「いたたた……大丈夫か? 御崎?」
背中を痛そうに仰け反らせながら廣告がまずは声をかける。
「……」
だが一途の返事がない。
「おい……大丈夫か?」
「……」
一途の体はその身を預けるように廣告の胸の上に無防備に横たわっていた。長い真っ直ぐの髪がこの時ばかりは乱れて大輪の花が咲くように広がっていた。
「……」
一途が無言のまま顔だけ上げた。髪が花咲くように広がっているならその中心にある瞳と唇には蜜でもあるのか。瞳は熱を帯びたように濡れており唇からは吐息がしっとりと漏れてくる。まるでミツバチを誘う蜜が内からあふれているように艶かしい光をこの薄やみの中で一途は瞳と唇に浮かべていた。
「ちょ……御崎……」
そしてその妖艶な雰囲気に廣告が呑む間も与えず、
「うふふ……」
一途の右手が廣告の左手にツタ植物のように優しい曲線を描いて絡められた。




