ステマ 31
「ん? 何ですの? あの一際怪しそうな鉱石は?」
廣告の視線から反らした一途の目がその逃げた先で止まる。
そこには豪華なビロードをかぶせた台座に一つの鉱石が飾られていた。それはあまつさえガラスケースに入れられている。
他の鉱石が科学教室のテーブルの上に抜き身で置かれているのに対して、その石だけは誰が見ても特別な展示がされていた。
そして『お手を触れないで下さい』との但し書きが、説明用のプレートの横に添えられていた。
「はーい! これが今回の目玉! ステマリン鉱石です!」
ステマがその石に駆け寄った。
「『ステマリン鉱石』? また怪しげな……ちょっと待ちなさい! 見せてみなさい!」
一途がステマの後に続いて走り出す。
その後ろを廣告と神輿が続いた。
「あれ、神輿先生?」
廣告が己のすぐ後ろについてくる神輿に不思議そうに振り返る。
「何だい、吾斗くん?」
「いつもみたいに、こっそり居なくなってると思ったのに」
「酷いな、前にも言ったろ? 僕の研究している古代文字に、神秘的な金属のことが書いてあるって。茶色い土塊と、他の鉱石から作るらしいからね。こういうところに、ヒントがないかと思ってきたんだ。今日はすぐに帰らないよ」
「そうですか。先生も熱心ッスね」
「これはね、『ステマリン鉱石』! 持ってるだけで、恋人はできるわ! アイドルにはなれるわ! 王座にはつけるわ! 諦めていた毎日の散歩もできるわの――すんごいパワーなストーン! うん! そういう設定の鉱石です!」
ビロードの上に置かれた鉱石をステマが両の手の平を向けて嬉しげに指し示す。
「『設定』? やっぱり、怪しい商品じゃない! これは流石にいただけませんわ! 撤去ですわ! 撤去!」
ステマの説明を聞いた一途がステマリン鉱石に手を伸ばした。
「あっ! お手は触れないで――」
その一途の手を廣告がとっさに手を伸ばして止めようとする。
だがその手は一瞬間に合わなかった。
一途が強引にステマリン鉱石のガラスケースを台座から取り上げると、
「――ッ!」
宝石の下――台座のビロードが突然噴火でもしたかのように天井に向かってまくれ上がった。
「なっ!」
驚く一途の目の前で、
「我の奸計に嵌ったな! ふしゅるぅぅぅぅぅ!」
ビロードの下から目をぎらりと光らせた田中が突如飛び出して来る。獲物を見つけた肉食動物が薮の茂みから飛び出してきたかのように田中は目を血走らせて皆の前にその姿を躍り出させた。
田中はエプロン姿でビロードの下から現れるや、肩と腕に力を込め隆々と盛り上がった筋肉を見せつける。紅潮した筋肉と血管の筋が田中の皮膚の下で痙攣するかのようにぴくぴくとうごめいた。
「賊め! 覚悟……ふん!」
「きゃあああぁぁぁぁぁっ!」
己に向かって丸太のような腕が襲いかかる。そのことを目を見開いて見ていながらも一途は悲鳴を上げることしかできない。突然の襲撃に金縛りにあったように身を固めてしまった一途の肩口辺りで田中の突き出された右手が突風を巻き起こした。
目にも止まらぬ速さで繰り出されたその腕は、拳を握っていれば確実に相手を吹き飛ばしていただろう。
だが実際はその指先は開かれており、むんずと相手の襟首を強引に掴んでいた。
「我! 召し捕ったり!」
「捕まえたわ! ナイスよ、ラスボス!」
「捕まえたのです!」
その様子に魅甘と花梨が駆けつける。
「ひっ……私は、何も……」
腰も抜けんばかりに声を漏らす一途。だがその襟首は実際には田中に掴まれてはいなかった。
「あ、あれ?」
一途の肩口を越え田中の右手はその後ろにいた人物の襟首を掴まえていた。
そして一途は実際に腰が抜けてしまったようだ。田中に襟首を掴まれている訳でもない一途はお尻から床にへたり込んでしまう。
「観念せよ……」
田中の右手は片手だというのにその人物を床から持ち上げた。
「いやあぁぁぁああぁぁ! 助けて! 許して! 見逃して! 私はもう、こういうのにすがるしかないのよ!」
田中に襟首を掴まれた人物が甲高い懇願の叫びを上げた。その足は床に着かなくなっており同時にスカートに包まれた足をじたばたと揺らした。
甲高い声とスカートからすぐに女性と知れ、泣き叫ぶ顔から誰かもすぐに分かった。
「お菊さんじゃねえか?」
「あれ、菊池先生! ほにょぽろーん!」
「ほ、ほにょぽろーん……」
田中の右手の下でぶら下がった菊池が廣告とステマに力ない返事を返す。
「ちょっ、ちょっと……菊池先生が何をしたって言うのよ?」
座り込んでしまった一途が菊池の全身を見上げながらステマ達に振り返る。
「私の鉱石が盗まれたのよ、クラス委員長」
「お前のじゃねえよ、香川。桐山のだ」
「そうなのです。科学部の鉱石が盗まれたので、購買部の皆さんに犯人探しをお願いしたのです」
「だからって、どうして菊池先生が犯人なのよ?」
「盗まれたのは、全部なんだかラッキーあるかもな外見のものばかり! ステマリン鉱石みたいにそれはもう! パワーなストーンがあれば、もう一回気になって現れるに決まってる――って、罠を仕掛けたんだよ!」
ステマが一途に手を差し出した。ステマは一途を助け起こしながらしてやったりとウィンクをしてみせる。
「ふしゅるぅぅぅ……そして、科学部から盗まれた鉱石の数々……我は残っていた他の同種の鉱石から、その一つ一つの匂いを嗅いで覚えた……」
田中が鼻息も荒くして答える。いかにも全ての匂いを逃さないとばかりにその両の鼻の穴が大きく開かれた。
「『匂い』? 鉱石の匂いですって! 何て、人間離れしたことを……」
「左様……我の鼻がとらえたのだ……その全ての鉱石の匂いがする人物を……実際は一つ足りなかったが……この慌てよう……間違いなかろう……」
「そんな。菊池先生? 本当ですの?」
「はい、御崎さん。ほんの出来心だったんです。すぐに返すつもりだったんです」
菊池が涙目になりながらスカートのポケットに手を突っ込んだ。そこから出された手の平の上には一握りの鉱石が乗っている。
「確かに。科学部の鉱石なのです。でも田中さんの言う通り、一つ足りないのです」
花梨が鉱石を一つ一つ受け取り吟味する。
「これで全部よ。私が借りたのは」
「ホントみたいだよ、廣告。先生反省してるみたいだし。ウソもついてないんじゃないかな」
「じゃあ、何が足りないんだ、桐山?」
「氷晶石なのです。永遠に溶けない氷とまで言われた、氷によく似た鉱石なのです」
「『永遠に溶けない氷』? この間言ってたヤツか? 神輿先生も気にしてヤツだな?」
廣告が思い出したようにふと振り返るが、
「あれ? やっぱりもう居ない。何処まで幽霊なんだよ、神輿のヤツ」
やはりそこにはもう神輿の姿はなかった。




