ステマ 27
「廣告! 大丈夫?」
ステマが目をぱちぱちと何度も瞬きさせながら振り返り、遠目に地面の様子を覗き込んだ。
そこに転がっていたのは足跡を大量に背中につけた廣告だった。廣告の手からチラシが一枚を残してなくなっていた。どうやら押し流され倒れた勢いで残りのチラシは投げ出してしまったらしい。
「ほっときなさい、ステマちゃん! バーゲンとお得チラシの争奪は、女子の戦場! 非情だけど倒れた戦友にかまってる余裕はないわ! 自分がやられるわよ!」
その向こうでは魅甘が相変わらずの体さばきと営業スマイルでチラシを次々と配っていた。
「おのれ……女子どもめ……あるかもってだけなのに、目の色変えやがって……」
倒れた勢いで投げ出してしまったチラシを拾い集める女子生徒の背中を、廣告が上半身を起こしながら恨めしげに見つめる。
「何があるんだい?」
そんな廣告に頭上から手が差し出された。
「ん? あれ、幽霊?」
「幽霊はよしてくれよ。神輿だ」
手の主は現国の神輿だった。神輿は廣告を助けんとか笑顔で右手を差し出していた。
「ラッキーあるかもしれないストーンが、あるかもってだけですよ」
廣告が神輿に助け起こされながら身を起こした。廣告は一枚だけ残っていたチラシを手に立ち上がる。廣告が起き上がった勢いのままそのチラシを神輿に見せた。
「幸運があるかもしれない石がかい? 興味深いね」
神輿がチラシに目を落とした後、我も我もと群がる女子生徒の人だかりに目を転じた。
「先生も、占いとか興味あるんですか?」
廣告もそちらに目をやる。
廣告達の視線の先ではステマと魅甘が幸運の亡者と化した女子生徒にチラシを次々と手渡している。
「いや。この間言った古代文字の原典の中に、不思議な金属の記述があるんだよ。そこにね、その金属を作り出す鉱石の話も出て来る。まあ最終的に興味があるのは金属の方になるのかな」
「はぁ?」
「その金属はとても軽く。王族の頭上で朝日にも負けない輝きを放っていたそうだ。そして王族の魔力だけが、その金属を作り出すことができるらしい」
神輿は廣告の様子を探るようにちらりとその横顔を盗み見た。
「はぁ……貴金属ですか?」
女子達の喧噪に気を取られた廣告は神輿の視線に気づかなかったようだ。
「うぅん。もっと神秘的なものかもね。何かのお話に出てくるような。不思議な力を秘めた何か」
「神秘的?」
その言葉にようやく廣告が神輿の方を向いた。
「そうだよ。何よりこの金属は、ただの茶色い土塊を原材料に、王族の魔力で作り出すそうだ」
神輿は既に元の笑顔を取り戻していた。
「『茶色い土塊?』 『王族の魔力』? 先生。まじめに言ってるんですか?」
「いや、だから僕が持ってる書物にそう書いてあるんだよ。他にも別の鉱石が二つ必要だとも書いてあった。一つは王族が独占しているとある鉱石。もう一つは白い粉状の鉱石らしい。王族が独占している方の鉱石は、吾斗くんがこの間言っていたような『永遠に溶けない氷』でできた石らしい……」
「はぁ? それこそ非科学でしょう? 桐山だって、実際にはただの見た目が氷に似た鉱石だって言ってましたよ」
「それにしても、割に具体的だろ? そこまで何とか解読したんだから、努力した自分も一応まじめには考えたいじゃないか?」
校庭の向こうではようやく女子の幸運争奪騒ぎが沈静化の兆しを見せ始めているところだった。流石に数がすくなった女子生徒達にステマと香川がチラシを手渡している。
そしてステマは手渡す時に一言、二言女子生徒と言葉を交わしていた。中には握手を求めてから去っていく者もいる。ステマがその女子生徒を手を振って見送った。
「一応、作戦は全体的に成功ってとこかな」
その様子にもう一度前を向いた廣告が呟いた。
「何の騒ぎですの! これは!」
その後ろから悲鳴めいた非難の声が轟いた。同時にばたばたと駆け寄る足音が廣告達に向かって近づいてくる。声の甲高さとその足音の軽さからそれは女子生徒のものとすぐに知れた。
「あれ? 思ったより遅かったな、クラス委員長」
後ろに振り向く前に予想がついたのか廣告がゆっくりと振り返る。
「毎度毎度、あなた達の相手をしてる訳にはいかないのですわ! ていうか、今度は何の騒ぎですの! あんなに女子生徒が群がって!」
廣告の視線の先に居たのは真っ直ぐな髪を振り乱した女子生徒。
血相を変えた一途が校舎の一角からこちらに向かって駆けてくるところだった。
「もう、下火になってるよ。さっきと比べれば、おとなしくなったもんだ」
「な……だから何の騒ぎかと聞いてるんです!」
「ご要望の通り、特定の男子だけでなく。女子の人気も取ろうと思ってね」
「『女子の人気』?」
一途が疑わしげに目を凝らしてステマ達を見る。
購買部の出張テント前ではステマが女子に応えて笑顔で握手に応じていた。何人かの質問攻めに遭っているらしくステマが何か口にすると女子生徒の輪が和やかに揺れた。
ステマは一途の見ている前で次々に女子生徒と握手と挨拶を交わし笑顔でその生徒を見送っていく。
「む……むむ……」
その様子に一途が認めたくないのか小さくうなる。
「廃部の進言。取り消してくれるか、御崎?」
「ふん! まだまだですわ! この程度で、今までの騒ぎが帳消しになると思いまして?」
「そうかよ。まあ、これも本番は今日の放課後でな。幸運あるかも――な女子受けする展示会するから、お前もこいよ」
「はぁ? 何で、この私が?」
「一応女子だろ? 御崎も」
「――ッ! ここここ、この私がそのような迷信めいた、低俗な催しに興味を持つと思いまして?」
一途が廣告の言葉に一瞬で顔を真っ赤にさせた。
「別に、興味がないならいいけど。ステマの頑張りを見てもらえるなら、来てくれよな」
「……」
廣告がそんな一途に手元に唯一残ったチラシを差し出した。
「ん?」
「別に……監視の為に、いってあげてもよろしくってよ……」
「来てくれるのか?」
「か、監視の為ですわ! あなた達は、目を離すとろくなことがありませんからね!」
一途が最後はひったくるように廣告からチラシを受け取った。
「へぇへぇ。そういうことにしとくよ。ところで、神輿先生――」
廣告がしばらく放っておいた神輿に思い出したように振り返ると、
「おお! 本格的に幽霊だな、神輿のヤツ!」
やはり現国の教師の姿は幽霊のごとく音もなく消えていた。




