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ステマ 25

 その翌朝。屋良堰田高校の一年三組の教室。

 この日もよく晴れ昇ったばかりの太陽がそれぞれの教室と廊下に暖かい陽光を差し入れていた。窓とその間の壁に区切られて幾条もの光が廊下に格子状に差し入れられている。その光と影に次々と照らされながら『広告募集中』の文字が踊る太ももの主が廊下を歩いていた。

「昨日の握手会! 大成功だったね、廣告!」

「お、おう……」

 陽気も空気も爽やかな朝の廊下をステマと廣告が連れ立って歩いていた。

 ステマは朝の陽光差し込む廊下にふさわしい笑みで。廣告は昨日の心労をそのまま引きずった暗い顔で。それぞれ教室のドアを目指して歩く。

「この調子でイベントを続ければ、イケズちゃんも考え直してくれるよ!」

「ああ……『あははははははっ!』ていう誰かの高笑いが、まいどまいど耳にこびりついて離れなくなるんだろうけどな……」

 ステマと廣告が教室のドアをくぐった。

「あははははははっ! 高笑いが止まらないわ!」

 教室ではかちゃかちゃと響く打鍵音を高らかと打ち鳴らし、魅甘が昨日から上げ続けているらしい高笑いを上げていた。

 魅甘は教室で電卓片手に踊るようにくるくると回りその喜びを表していた。魅甘が身を翻すたびに爽やかな陽光に照らされそのオデコと眼鏡がきらきらと光る。

「出たな、守銭奴」

「うるさいわね、吾斗。朝一番の挨拶がそれ?」

 魅甘がぴたりと踊るのをやめて廣告達に振り返る。

「魅甘ちゃん、ほにょぽろーん!」

「ステマちゃん、ほにょぽろーん! 昨日はゴメンね! 仕入れ間違えちゃって、ステマちゃんに余分に握手させちゃった! てへっ!」

「『てへっ』じゃねえよ! 自分で仕込んだんだろうが!」

「大丈夫だよ、魅甘ちゃん。あれぐらい、平気。おかげで沢山の人に、喜んでもらえたし」

 魅甘の側に近寄りながら廣告とステマがそれぞれの机にカバンを置いた。

「そう? ありがとうね。そう言ってもらえると、助かるわ……じゃあ、もっと多く仕入れても……」

「香川、怪しいはかりごとは、聞こえないように呟いてくれないか?」

「何のことかしら?」

「……」

 しれっと応える香川の向こうでは一人難しい顔をして花梨が席に着いていた。

「花梨ちゃん、おはよ! ほにょぽろーん!」

「ほにょぽろーんなのです」

 気づいて手を振るステマに花梨が元気なく返事を返す。

「どうした、桐山? 元気ないぞ。それに何、キツい目をしてんだ?」

「花梨ちゃんの目つきがキツいのは、いつも通りだよ、廣告」

 廣告とステマ、それに香川が花梨の席に近づいていった。

「それもそうだな。で、どうした、桐山?」

「科学準備室から、鉱石が盗まれたのです。特に奇麗な石が幾つか」

 花梨が難しい顔をして答える。その少々吊り目な瞳の奥で瞳孔が中央に寄って小さくなっている。怒っているようにも、何か考えているようにも見える複雑な表情だった。 

「『盗まれた』? 確かなのか?」

「そうなのです。一昨日の放課後、換気扇掃除で残った苛性ソーダをきちんと棚に戻したのです。その時はちゃんと、みんなあったのです。私が科学物質を見間違うはずがないのです。それなのに今朝朝練で見にいったら、なかったのです」

「科学部に朝練あるのか?」

「あるのです、吾斗くん。朝から科学物質を愛でたくなるので、私が自主的に眺めにいく為に必要なのです」

「そうか、朝から眺めてるのか?」

「はい、それはもう。家と学校。交互に時間を作って、毎朝科学物質を愛でるのです。そして今日は学校の科学物質を愛でる日でした」

「そんなに愛着があって、高価なものなら確かに許せないわね。私なら、自分のものは一円でも失いたくないわ。落としても必至に探すわよ。ましてや盗まれるだなんて許せないわね」

 魅甘がうんうんと真剣にうなづく。

「お前なら、確かに何処までも犯人を追いかけそうだな。たとえ一円でも」

「一円を笑う者は、一円に泣くわよ、吾斗。それに一円玉製造するのに、一円以上のコストがかかるって言うじゃない」

「ホントか? 一円玉のくせに」

「コストは知りませんが、一円玉に使われる金属は昔『電気の缶詰』と言われるほど、電力を使って造っていたのは確かです。原材料にボーキサイト、水酸化ナトリウム、ヘキサフルオロアルミン酸ナトリウムを使います。水酸化ナトリウムはそれこそ――」

「いや、そういう話はいいから……専門用語並べられても、分かんないから。で、何を盗まれたんだ?」

「奇麗な石って言ったよね、花梨ちゃん?」

 ステマが心配げに花梨の顔を覗き込む。

「そうなのです、ステマさん。見た目奇麗な石がすっぱりやられてたのです」

「石? 宝石とか? 金目のモノ? ますます許せないわね」

 魅甘がオデコと眼鏡を光らせる。丸で自分のモノが盗られたかのようにその眼鏡の奥で目が険しく細められた。

「宝石とまではいかないモノばかりです。でも見た目が奇麗なモノばかり確かになくなってます。アバタイトに水晶、氷晶石にトルマリンとか――」

「トルマリン? ステマリンはないの? ステマリン王国に代々伝わる宝石みたいな」

「ないのです」

「まじめに答えなくっていいぞ、桐山」

「トルマリンか……なるほど。バズワードの典型ね」

 魅甘が思案げにアゴに手をやり呟いた。

「何だよ、香川? バズワードって?」

「購買部でしょ? 知っときなさいよ。バズワードってのは、専門用語っぽい名前だけど科学的根拠がない単語。その中でも主に宣伝目的に使われる単語よ。トルマリンって、マイナスなんとかを出すのよね、花梨さん? それがリラックスにつながったり、電磁波を吸い取ってくれたりするって言われてるのよ」

 魅甘がオデコと眼鏡を光らせながら力説する。

「はあ? ウソくさいな。ホントか、桐山?」

「トルマリンは熱すると電気を帯びます。ですがマイナスなんとかは出ません」

 花梨がぷるぷると首を横に振った。

「ステマリンは熱すると元気が出ます! ほにょぽろーん!」

 ステマが片手を天井に突き上げて己の元気さをアピールすると、

「効用効能には個人差があります。あくまで個人の感想です」

 すかさず魅甘が事務的な口調で後に続いた。

「乗っかるな、ステマ! 香川! ややこしいから!」

「いや、乗っかるべきだわ、吾斗。花梨さん、石を取り戻したいでしょ?」

 魅甘がオデコと眼鏡を何やら光らせる。

「それはできることなら……」

 花梨が希望の光にすがるようにそのオデコと眼鏡の輝きを見上げると、

「なら、私にいい考えがあるわ」

 魅甘がその下から覗く口角をにやりと吊り上げた。

「また、何やら怪しいことを考えてるな、香川」

「ふふん。我が部はちょうど、ステマちゃんの為に女子人気が欲しかったところ」

「そうだね、魅甘ちゃん。でも、どうするの?」

 ステマが小首を傾げて魅甘を見ると、

「任せなさい! 女子人気を手に入れ! 宝石も取り返す! 名付けてステマリン作戦! 勿論大儲けもできそうよ! 今からでも高笑いが出そうだわ! あはははははははははっ!」

 魅甘は早速高笑いを上げながら胸をどんと叩いた。

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