ステマ 21
「どうしました?」
急にこちらを向いた神輿に廣告はきょとんと振り返る。
「いや、何でも……」
神輿は廣告の視線をまともに受け止めずに視線をそらして答えた。
「まあ、実際は氷でも何でもない、見た目が氷に似た鉱石らしいですけど」
大した話ではないと示そうとしてか廣告が両手を頭の後ろに回して指を組みながら続ける。
「そうですか……」
神輿は廣告の言葉に何やら思案げにうつむいた。
「そう言えば、先生も茶色い土がどうのって、御崎が言ってましたね? 興味あるんですか?」
「ああ……あれは、そういうことが、古代文字らしきものに書いてあるってだけです……」
神輿は廣告に答えながらも、まだ己の内面を覗くように視線を何処に合わすでもなく漂わせながらうつむいていた。
「ん?」
「吾斗くんは、こっちの手伝いはいいんですか?」
うつむいてた神輿が不意に顔を上げる。呟くように答えていた神輿の口調が急に明るくなる。それはまるで今までの会話の流れを打ち切る為に、わざと話題を変えようとしたかのような唐突な口調の変化だった。
「先生こそ、授業の用意とかいいんですか? それともステマのライブに興味あったんですか?」
「ええ。昨日一日で随分親しくなりましたしね。ちょっと興味が湧きまして」
「嫌だな、先生。どざ――もとい子安先生みたいに、ダメな方に興味持っちゃ嫌ですよ」
廣告がそう口にしながら目を転ずると、一人発狂したように贅肉を震わせて踊り狂う子安の姿が遠目に見えた。
「僕が興味あるのは、桜くんが口にする挨拶の言葉だよ」
廣告の目が群衆に向けられると、その視線が外れたの待っていたかのように神輿がポケットから手帳に取り出した。神輿はその手帳に何やらメモを走り書きする。
「『挨拶の言葉』? ああ、アレですか?」
廣告が神輿に応えながら壇上に目をやる。そこではちょうどステマが歌の合間に『ほにょぽろーん』と皆に向かって叫んでいるところだった。
「うん。あの楽しい挨拶だ」
怒号と化して返される男子生徒からの『ほにょぽろーん』に、身を軽く震わせながら神輿が応える。神輿は先に書いたメモのページをゆっくりとめくり、その文字を隠した。
「はあ? あんな恣意的な、イタい挨拶の何処が興味を引くんですか?」
「いやいや。僕が個人的に研究してる文字があってね」
「『文字』?」
「その謎の文字もね。古代文字の一種だと思うだけど、そこに出てくる言葉に似てるんだ」
「はい?」
廣告が疑わしげに眉間に縦じわを寄せる。
「あれ、興味ない? 例えばこの文字とか――」
神輿が持っていた手帳の別のページをめくって廣告に指し示す。そこには見慣れない文字が書きなぐられていた。
「これは原典から、僕が書き写した文字。これで『ほの』もしくは『ほにょ』と読むみたいなんだけど……」
神輿がその内の一角を指差す。
「『ほにょ』? どっかのバカが言ってる言葉に似てますね」
「あはは。よく似てるね。僕の研究では『ほにょ』は、『ほ』が『顔』で、『の』が『見上げる』の意味らしい。二つ合わせて『ほの』。慣用的に訛ったのか『ほにょ』」
「はあ……」
何処までも興味が持てないのか廣告が気のない返事を返す。
「ほにょぽろーん!」
その向こうではステマが皆にその奇妙な挨拶を投げかけているところだった。
「ほにょぽろーん!」
ステマに応えて生徒達の声がやはり怒号と化して響き渡る。
「桜さんの言葉が、仮に僕の研究に当てはめると『顔を見上げる』『ぽろーん』になるね」
「全く意味が分かりません。関係ないですよ。確かに皆、ステマに〝顔を見上げ〟てますけどね」
廣告はげんなりとした表情で周囲を見回した。
そこでは壇上のステマに向かって皆が目を輝かせながら顔を見上げていた。
「そうだね。でも僕は何故だか気になるんだよ」
皆に目をやり己から離れた廣告の視線。神輿はその廣告の視界に入らないところでその目を鋭く覗き込み、音を立ててメモを閉じた。
「ステマの設定につき合う必要ないですよ……」
廣告はそのまま自分に言い聞かせるように呟くとステマに目を転じた。演説台ではステマが汗を飛ばして歌を熱唱している。廣告はその躍動する手足の動きにしばらく目を奪われたかのようにじっと見とれた。
「しかし、先生は現国の先生でしょ? 何でそんな文字に――あれ?」
しばらくステマを見つめていた廣告がそのことを振り払うように不意に首を振る。
そして誤摩化すように隣を慌てて振り向くと、
「あれ? また音もなく居なくなってる。幽霊騒動の原因。マジであの幽霊のせいだな」
幽霊こと――神輿はもう音もなく何処かにいなくなっていた。




