ステマ 2
「はーい! ほにょぽろーん! 皆さん、今日は! 本日の購買部の目玉商品! 焼きそばパンはこちらですよ!」
私立屋良堰田高校の生徒の憩いの場――学生食堂。そのお昼休み。
学食が立てる湯気と匂いに満ち満ちたその食堂の一角から女子生徒の元気な売り込みの声がこだました。
「いつも人気のあのパンが! お昼前の終業のチャイムとともに、皆さんが飛びつく至高の幸せのあの総菜パンが! 何と本日三割引! 三割引ですよ! 高校生のお昼の友! あの焼きそばパンが三割引で買えるのは、本日だけ! もちろん売り切れ必至! 必死で売ります! あなた恋しの焼きそばパン! さあ、皆さんお見逃しなく!」
その声がこだまするのも当たり前だった。
女子生徒は食堂内というのに、腰に据えた拡声器のマイクを使っていた。女子生徒の短い制服のスカートから覗く白い太ももに貼られていたのは『広告募集中』の文字。鼻には鼻血止めにか詰められた丸めたティッシュが差し入れられていた。
その少女に視線を奪われた男子生徒達が我も我もと群がっていく。
食堂のテーブルで昼食にいそしんでいたその他の生徒達が何事かと白い肌の少女に振り返る。
「皆さん! 早い者勝ちですよ!」
その白い肌の上で拡声器ががなり立てる。
女子生徒は焼きそばパンが山と積まれたスチール机の前で誇らしげに拡声器を構えていた。その女子生徒の周りには黒山の人だかりができている。
餓えた野生動物もかくやの生徒の群れ。成長期特有のいくらでも入る胃袋をかき鳴らし、握りしめた汗に湿る小銭を突き出して本日のお得品に目を血走らせていた。
「うおおおぉぉぉっ! 焼きそばパンをくれ!」
「俺にあの娘の焼きそばパンを!」
「買うぞ! 『おはよう! お財布で!』で、言ってた焼きそばパン!」
「はい! はい! こっちね! そっちもどうぞ! お釣りはこちら!」
その群がる野生の男子生徒達を次々と売り子姿の男子生徒がさばいていた。
「ほにょぽろーん! いっぱい買ってね! 皆!」
「うるせぇ! ステマ! 屋内だぞ! てか、お前ももうこっち手伝えよ!」
売り子の法被姿で野生の王国を仕切るのは朝もその安眠を少女に邪魔された吾斗廣告だ。廣告は半分涙目の目を怒りにゆがめて己がステマと呼んだ女子生徒の背中を睨みつける。
廣告の法被の背中には『購買部』と染め抜かれた文字が踊る。廣告は更にその法被そのものを背中で踊らせて、次々と攻め込んで来るかのような客の勢いをさばいていった。
「むむ、廣告。それでも購買部員? 今宣伝しなくって、いつ宣伝するのよ?」
廣告にステマと呼ばれて女子生徒は振り返る。その顔は己の当然の権利を侵害されたと言わんばかりに不機嫌にゆがめられていた。
「手が足りてねえだろ! 宣伝はもういいから、販売を手伝えよ! 香川と俺だけじゃ、手が回んねえよ!」
廣告が目を一瞬横にやると、そこには分厚い眼鏡を架けた女子生徒が購買部に群がる生徒を同じくさばいていた。
香川と呼ばれた女子生徒は分厚い眼鏡のレンズとともに、広い額を惜しげなく曝しあまつさえその両方を鋭く光らせている。
こちらも販売部員のようだ。
香川の制服の腕には『購買部』と印字された腕章がつけられていた。
「魅甘ちゃん! お願いね! ほにょぽろーん!」
「任せなさい! ほにょぽろーん!」
ステマに魅甘と呼ばれオデコと眼鏡を光らせた女子生徒は目にも止まらぬ早さでお金と焼きそばパンを交換していく。
後に続いた間の抜けた挨拶にも関わらず魅甘は男らしいまでの返事と腕の切れで焼きそばパンを売りさばいていった。
その魅甘の向こうではほっかむりとエプロンをした中年太りの女性が同じくパンを販売していた。こちらは生徒ではなく、学校に雇われているパート従業員か何かのようだ。
「香川! てめえもおかしな挨拶返してる場合か!」
「何を言ってるの、吾斗? あんたも言いなさいよ!」
「はぁ?」
「ほにょぽろーん――は、恣意的にワザと仕込んでまで流行らせないといけないのよ! ステマちゃんを売り出す為に! あんたも、ほら! ほにょぽろーん!」
「死んでも言うか! そんなバカな挨拶!」
「広告戦略でしょ? 恥ずかしがってる場合なの? あんた商売なめてるの? そんなことでは我が購買部の売り上げにかかわるわよ。ねえ、田中さん」
魅甘が客に焼きそばパンを売りさばきながら隣を振り向いた。
「ふしゅるぅぅぅぅ……」
魅甘が田中と呼んだ中年女性は毒でもその呼気に混じっているかのような魔物ような息を漏らした。
これが返事だったらしい。そして死神が死期の迫った人間に向けるような陰にこもった視線で魅甘に振り返る。
中年女性然として見えたその体型は、よく見ればそこら中で筋肉が盛り上がりエプロンを筋肉質な形に盛り上げていた。
あまつさえ田中は陰に陰りながら方々にナイフで刻んだかのようなシワを顔中に浮かべる。シワの描いた曲線の数だけ敵ののど元を搔き切ってきたかのような表情だ。
だがこれは笑顔だったらしい。
「うごおおおぉぉぉぉ……」
田中は獲物をしとめた野獣のようなうなり声を上げて魅甘に手を振り返した。
田中の獣のような笑顔と吐息と視線を不意に浴びてしまった生徒の山の一角が一瞬で崩れていった。
「田中さん! ほにょぽろーん!」
その様子を気にもせずステマが笑顔で振り返るやこちらも手を振る。
「ぼにょぼどーん!」
「ほら。購買部のラスボスとまで呼ばれる田中さんもノリノリよ」
ステマに返した田中の挨拶に、魅甘がオデコと眼鏡を光らせる。
「ごびょどぼーん!」
田中は笑って応えたようだ。
「言えてねよ! さっきから言えてないだろ! どう聞いても言語を手に入れる前の人類の雄叫びだよ! おばはん! 無理すんな!」
「我を『おばはん』呼ばわりは許さん!」
田中が右手を振りかぶったかと思うと鷲掴みにしていた販売途中の焼きそばパンを投げ放つ。
「ぐわ! 急に言語を獲得しやがった! 『ラスボス』の方が酷いだろ!」
焼きそばパンがものの見事にその顔面に命中し、
「ぐは……」
廣告は顔面に焼きそばパンをめり込ませながら後ろにのけぞった。