ステマ 17
一途は真っ直ぐ上に飛び上がり真っ直ぐ床に落ちてきた。この飛び上がりすら真っ直ぐな少女はその勢いで腰が抜けたように床に座り込んでしまう。
「腰があああぁぁぁぁっ!」
実際腰が抜けたようだ。一途はそのまま這うように廣告に近づきその腰にしがみつく。
「おいおい」
「むっ! 廣告! セクハラ」
女子生徒にすがりつかれまんざらでもない笑みを浮かべる廣告に、ステマが肩を怒らせ口をとんがらせた。
「セクハラね。お金取れるわよ、御崎クラス委員長」
「俺が抱きついてる訳じゃないだろ、香川?」
「ななななな、何を落ち着いてるのよ! あなた達は! 幽霊よ! 幽霊が出たのよ!」
一途が廣告の太ももに顔を隠し後ろを指差しながら必死で訴える。
「やっぱ、イケズちゃんも幽霊怖いんじゃない」
ステマがそんな一途を意地悪げに見下ろした。
「こここ、この私が! ゆゆゆ、幽霊なんて怖がる訳ないでしょ? クラス委員長たるこの私が!」
「クラス委員長とか、あんまり関係ないよ、イケズちゃん」
「一途です! と・に・か・く! ななな、何を落ち着いて――」
恐怖に顔を引きつらせ腰から下がくなくなに砕けた一途。そのがくがくと震える肩に、
「まあ、落ち着いて下さい」
不意にぽんと青白い手が置かれた。
「――ッ! ギャーッ!」
声にならない悲鳴と体裁も何もないノドの奥を震わせての悲鳴を上げて一途が廣告に更に抱きつく。
「おいおい」
「むむ! 廣告! にやけ過ぎ!」
「そうか? てか、お前こそ何を怒ってんだよ、ステマ?」
「別に!」
「ひいぃぃぃいいいいぃぃぃっ! あなた達! 何を暢気に!」」
「だって、幽霊は幽霊でも――知ってる幽霊だからな」
「はい? 『知ってる幽霊』ですって……」
廣告の言葉に一途が恐る恐る振り返った。
暗い窓に蛍光灯の光が写り込む長く続く廊下。そこに影を落として立っていたのは幽霊こと――教師の神輿だった。
「いやあ、驚かしてしまったね」
神輿は安心させる為にかにこやかに一途に微笑んでみせる。
「せ、先生?」
「ああ、神輿だよ。頼んでいた仕事をほっぽり出して、何を騒いでいるのかな、御崎くん」
「あっ? すいません、先生。この子達がこんな遅い時間に騒いでいたので、注意しようと……」
一途が慌てて身をしゃきっと立たせる。自分からすがりついたに最後は突き飛ばすように廣告の体から手を離した。
「おいおい、酷いな、御崎」
「今、騒いでいたのは、イケズちゃんの方だよ」
「一途です!」
「まあまあ。確かに、気がつけば遅い時間だね――」
神輿が廊下の向こうに目をやった。そこはもうとっぷりと陽が暮れており眼下に広がる校庭には他の生徒の姿はもうなかった。
「今日は皆帰りなさい。御崎くんももういいよ」
「そうですか……」
一途が戸惑いながら応えると、
「むむ! 残念無念! 結局、リポート取れなかった!」
「へいへい、残念だろうが、帰るぞ、ステマ」
「無駄骨ってことね。予算が消化できないなんて、屈辱だわ」
「科学的に考えて、幽霊などいる訳なかったのです」
購買部と科学部の一行がそれぞれ勝手な感想を口にしながら回れ右をして神輿に背中を向けた。
四人はそのまま背を向けて元きた方向に廊下を歩き出す。
「ああ! ちょっと! こんな暗い廊下に置いてけぼりだなんて! ヒドいじゃありません!」
一人取り残されそうになった一途が慌てたように四人の背中を追った。
「イケズちゃんは注意する側。私達される側。もとより別行動だったよ」
「どっちがイケズよ! 待ちなさいよ!」
気にせずさっさと先を行く四人に一途が急いで合流した。
「ああ、それと君達」
そんな背中に神輿が声をかける。
「はい」
皆が振り返り廣告が代表するように応えた。
「こんな夜遅くまで騒いだバツだ。家庭科室の換気扇掃除をしなさい」
「ええーっ!」
四人の抗議の声が揃い、一途だけがそれ見なさいと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「家庭科の菊池先生にも迷惑かけたんだろ? それぐらい当然だ。御崎くん、お守りを頼むよ」
「ええっ! 私もつき合うんですの!」
「クラス委員長だろ? 廃部まで示唆した部活の活動。クラス委員長としてその活動はしっかりと見ておかないとね。それに最後は誰よりも騒いでいたし」
「は、はぁ……」
「まあ、お菊さんには、ヒドいことも言ったしな。はいはい、分かりました」
廣告が了承の意思を表したのか投げやりに手を振って神輿に応える。
「じゃあ、先生! ほにょぽろーん!」
こちらは元気にステマが神輿に手を振った。
「ああ、ほにょぽ……」
にこやかにステマに応えようとした神輿の笑顔が途中で固まる。
「……」
その顔から一瞬で表情が消えた。何か己の内面を見ているかのようにその目が中央に寄っていく。
「どうしたんですか、先生?」
「あ、いや……若い娘の挨拶は照れくさいね」
愛想笑いを取り戻した神輿が取り繕うようにこちらも軽く手を振る。
「無理にこいつに合わせる必要ありませんよ、先生」
「ああ、廣告! 自分が言いたくないからって、先生巻き込まないでよ!」
「誰だって言いたくないわ!」
「そんなことないですよね、先生! ほにょぽろーん!」
「ああ、そうだね。さあ、早く帰りなさい……ほにょぽろーん……」
「ほら、言ってくれるじゃない!」
「俺は絶対言わねえからな! そんな変な挨拶!」
「変な挨拶じゃないもん!」
「あなたのせいで散々ですわ! 桜さん!」
「人一倍恐がりなせいでしょ、イケズちゃん!」
「一途です!」
「骨折り損のくたびれ儲けね。屈辱だわ」
「科学的に幽霊などいるわけなかったのです」
神輿の言葉に送られてステマ達六人はぞろぞろと階段に向かって歩いていった。
「あれ? そう言や、幽霊のヤツ。何で家庭科のお菊に迷惑かけたの知ってんだ?」
最後に階段にたどり着いた廣告が一人で呟いて後ろを振り返ると、
「ありゃ、もういない……足音もなくいなくってら……流石、幽霊ってか……」
特に足音がした訳でないのにそこにもう神輿の姿はなかった。




