ステマ 16
「でででで――出た! やっぱり出た! 幽霊だ!」
闇の向こうから現れた人影に廣告が悲鳴めいた声を上げる。
「ぎゃあああぁぁぁぁっ! 今度こそ本物よ!」
野太いまでの悲鳴を上げて魅甘がその後に続いた。
「落ち着いて、魅甘ちゃん! ああ、花梨ちゃんが既に気絶を!」
「ふぅ……」
己の胸に気を失って倒れてくる花梨を受け止めながら、ステマがおろおろと周囲を見回す。
「あなた達……」
その人影はやはり少女のようだ。闇から下に覗いていた足が真っ直ぐと廊下に伸びている。声も少女のものなら、その白く細い足も少女のものだ。
その足が一歩前に出された。その足が描いた軌跡も何処か真っ直ぐな印象を与える。
少女が前に出たことでその足がスカートの覆われているのが分かった。制服のスカートだ。
「制服? スカート? 生徒の幽霊か?」
その様子に廣告が目を凝らす。そしてわずかに身を横にずらすとステマ達を己の背中に隠した。
「廣告……」
己の前にかばうように出てきた背中にステマがか細い声で呟く。
「ひいぃぃぃぃっ! バカね、吾斗! 幽霊に足なんてある訳ないでしょ! 鬼ばばあに決まってんじゃない!」
魅甘が今度も両頬に手をやりその場でおののき震えながら叫んだ。
「誰が鬼ばばあですって!」
その人影は魅甘の最後の一言に怒ったように一歩苛立たしげに前に出た。その動きで少女の全身があらわになる。
それは背筋もすらりと伸び、その背中に伸びる長い髪もすっと伸びた真っ直ぐな女子生徒だった。
「出た!」
「出たじゃないですわ、吾斗! 人を幽霊みたいに!」
少女は最後は真っ直ぐ廣告達の方に歩いてくる。心底心外なのかその真っ直ぐな足取りで不満げに廊下を踏みならしながら廣告達の前まで向かってくる。
「ほっ。何だ、御崎か」
闇の向こうから現れた少女の正体に廣告が心底安堵したような息を吐く。
「『何だ』とは失礼ね。御崎よ、御崎一途」
人影の正体はクラス委員長の御崎一途だった。
「何だは何だだよ。あれ? あそこ、暗くなかったか? お前がさっきまでいたとこ。蛍光灯が下の階みたいに切れてたように、暗かったんだが……」
「何を言ってるの、吾斗? 別に普通じゃない?」
廣告の言葉に一途が振り返る。一途は心底不思議そうに己がやってきた方向を振り返るが、そこは少々くらいが普通に蛍光灯が照らす廊下が続いているだけだった。
「お前だって、なんだか生気を抜かれたような顔をしてたぞ……」
「はあ? 私が? それこそ何を言ってますの? この通りぴんぴんしてますわ」
「あれ、そうか? 目の錯覚か? 気のせいか?」
「イケズさん! 何してるの? どうしたの? ほにょぽろーん!」
「一途よ! 一途! 腹立つ娘ね、この娘は!」
「御崎クラス委員長? やっぱり鬼ばばあには変わりないじゃない! あんたよくも人の部を、廃部だなんて言ってくれたわね」
「幽霊の次は鬼ばばあですって! 香川さん、何を根拠に!」
「日頃から口うるさいからよ。ホント鬼ばばあだわ」
魅甘が日頃から口うるさく言われているのか一途に口を尖らせてみせる。
「香川さん! あなたいつも失礼よ!」
こちらもいつも口うるさく言っているのか一途が相手と似たような顔で応えた。
「ん……」
周りの騒々しさに気絶から覚めたのかステマの腕の中の花梨が薄目を開ける。
「桐山さんまでいるじゃない? 桐山さん、こんな連中と何をなさっているの?」
怒りもあらわに眉間にシワを寄せて一途がずいっと花梨に顔を近づけた。
「ふぅ……」
その表情を確かめると花梨がもう一度気絶する。
「ああ! この娘まで! なんて失礼なの!」
「そんなおっかない顔で睨むからだよ」
ステマが一途の視線からかばうように腕の中に花梨を抱き寄せた。
「むむむ……本当にあなた達は失礼ね」
「まあ、落ち着けよ、御崎。お前、こんな時間に何してんだ?」
「『こんな時間』? まだそこまで遅くは――あれ? 確かに暗いですわね」
一途が今気づいたようにガラスの向こうの日の落ちた街の様子に目を凝らす。
「お前、何言ってんだ、御崎? いくらクラス委員長だからって、こんな遅い時間に何か用事あるのかよ?」
「それはこちらの台詞ですわ、吾斗くん。こんな遅い時間に、何をうろうろと校内を歩いてるんですの? 一般生徒は帰宅している時間ですわよ」
一途が己の左手に巻いた腕時計に目を落としてから、その時計を廣告達に差し出し右手で指差した。
「お前が廃部だとか騒ぐからだろ? 俺らステマの人気が上がるように、こうやって学校の気になる話題を集めてんだよ」
「そうだよ、ほにょぽろーん!」
「不健全だと指摘したのに! こんな時間に部活動だなんて! 結局輪をかけて不健全じゃない!」
「それは御崎も同じだろ?」
「私はクラス委員長の仕事で残っていたんです! むしろ先生のお手伝いをしていたんです!」
「手伝い? 何だよ、御崎?」
「先生は担当の現国以外に、いろんなことに興味をお持ちですわ。古代文字のそのものの解読とか。その文書に出てくる国の内情とか。その解明のお手伝いに呼ばれたのですわ」
「古代文字の解読? まあ、そうかよ。こんな遅い時間までご苦労だな。幽霊とか怖くないか?」
「幽霊なんている訳ありませんわ! そんなもの怖がると思って? 幽霊が恐くて、遅くまで仕事のあるクラス委員長は勤まりませんわ!」
「私たちだって、クラブ活動だし!」
ステマが自慢げに手に持ったマイクを見せつける。
「『クラブ活動』? 話題集めとか言ってましたわね? 購買部と科学部が、こんな遅い時間に何の話題集めですの?」
「幽霊で一儲けに決まってんじゃない。ねぇ、吾斗」
「さも、当たり前のように言うな、香川。てか、俺ら許可は取ってるぞ、御崎」
「むむ。私の話を真に受けましたのね。クラス委員長として不覚でしたわ……」
「御崎……クラス委員長の御崎さん……」
気絶からようやく回復した花梨が何とか自分の足で立ちながら呟く。
「起きたか、桐山? 御崎にお前の科学的部活動の正当性を説明してやってくれ」
「幽霊の謎を科学的に解き明かし、皆に幽霊などいないと科学的にお知らせするのです」
まだ怖いのか花梨は分厚い科学書を眼前に掲げその後ろに半分顔を隠していた。花梨は科学書の後ろから青ざめた顔をわずかに覗かせぶるぶると震えながら一途に応える。
「そうでーす! 学校公認の購買部の宣伝です! ほにょぽろーん!」
「いや、許可取っただけだぞ、ステマ。公認とか言い過ぎだろ?」
「何を言ってるのよ、吾斗。書類整えて出せばしまいのちょっとした許認可を、さも公の省庁のお墨付きみたいに言うのは基本中の基本でしょ」
魅甘がオデコと眼鏡をこの暗闇でキラリと光らせる。
「相変わらずあくどいな、香川」
「ああ、もう好き勝手に話し出さないで! お金儲けでも宣伝でも、科学的検証でも! 夜の学校で大騒ぎなんて許しません!」
一途は己の意思を表さんとか両腕を肘で直角に曲げて腰に当てる。
「けどよ、御崎。俺らも一応――」
廣告がそこまで口にすると不意に言葉を失う。廣告の視線が一途の背中に吸い込まれるようにすっと移動した。その周りのステマ達の目も一途の背中の向こうに一斉に集まる。
「部活も迂闊もありません! ん? 何ですの? 人の話は真剣に聞きなさいよ?」
一途以外の四人の視線が一斉にその一途の背中の向こうに集まった。己の方を見ない四人の視線に不快げに眉間にシワを寄せ一途が口元を不満にひん曲げる。
「いや、何。後ろに、また幽霊が現れたな――って思ってな」
『幽霊』と口にする割には冷静な口調で廣告が答える。
「幽霊なんているわけないですわ。何をふざけたことを――」
一途がいぶかしげに後ろに振り返った。
そこに居たのは見るからに薄い影。
一途は振り返るや否やそこにゆらりと現れた人影を見つけて、
「ぎゃあああぁぁぁあああああっ! いやあああぁぁあああっ! 幽霊よ!」
その場で今までの誰よりも怯え飛び上がって驚いた。




