ステマ 11
「ぜえぜえ……酷い目に遭った……」
廣告が階段の壁に手をついた。廣告はそのまま身を前屈みに折って息を整えようとする。廣告が手と一息をついたのは一階分階段を上った南棟の二階に上がる階段の最後だった。
どうやら階段を昇ることで武藤の落ち武者を振り切ったらしい。廣告の後ろ――階段を何段か下がったところでは、それぞれへたり込んだり壁に背中を預けたりして女子陣が切れた息を整えていた。
「はあはあ……あれが、幽霊の正体? ぜえぜえ……大したことないわね……」
階段に突っ伏している魅甘が息も絶え絶えに口を開く。
「完全にビビってたくせに、何を言ってるんだ、香川」
「うっさいわね。幽霊として怖かったんじゃなくって、人として怖かったのよ。ねえ、花梨ちゃん?」
「人として、あれはどうかと……非科学でした……」
花梨が階段の柵で体を支えながら応える。
「全然リポート取れなかった……番組にならないよ……」
壁に背中を預けていたステマがマイクを持った手で額の汗を拭った。
「むむ……こんなに苦労して、宣伝にならないのはやってられないわね……」
魅甘がぐぐぐと両手をついて立ち上がる。
「おいおい、まだ続けるつもりかよ?」
「当たり前でしょ? こんなに怖い目に遭って、まだ何の成果もないのよ。いわば予算を消化してないのと同じよ。このまま帰れるもんですか」
魅甘がオデコと眼鏡を光らせて立ち上がる。
「もういいだろ? 適当に武藤先生を落ち武者に仕立て上げて、幽霊始めましたみたいな感じでいこうぜ」
「武藤先生が落ち武者じゃ、そのままじゃない。インパクトが足りないわよ」
「そうか? 学者になりたくって、なれなかったとも聞いてるぜ。まさに現代の落ち武者だろ?」
廣告と魅甘が言い合うその向こうで、
「花梨ちゃん……」
「ステマさん……」
互いに身を寄せ合いながらステマと花梨が怯えた様子で互いの手を取り合う。
「ん? どうした、ステマ?」
二人のその様子に気づいた廣告が振り返る。
「ななな、何か聞こえてくる……」
「はい? 何だって、ステマ?」
「だから、何か聞こえてこない? こう……何て言うか……恨めしげな声が……向こうから……」
ステマが階段を昇りきった向こう――頼りない蛍光灯が照らす廊下の先を指差した。
「はぁ?」
ステマの指差す先に廣告が振り返る。
「ステマ。お前、何を言って……」
だが廣告の声はそこで息を呑んで止まる。
「いち……ま……に……まい……」
確かに何かが聞こえてくる。明らかに何か恨めしげな人間の声だ。
「ひぃいいいぃぃぃぃ……」
魅甘が両手を頬にあて乾いた悲鳴を上げておののき青ざめる。
「一枚……二枚……三枚……」
その教室の奥からは何やら恨めしげに枚数を数える声が聞こえてくる。
「廣告……」
ステマが廣告の背中に貼り付いた。その後ろを魅甘と花梨が続く。
「お前ら、また俺の後ろに隠れて……」
「何か数えてるみたいです……」
花梨が最後尾で小さな体を更に小さく縮こませて震え声を出す。
「廣告……これって……」
「ああ、ステマ……こいつは……」
皆に押される形で廣告が一歩前に出る。
近づきたくないけど、置いていかれたくもない――そんな怯えた足取りで後ろの女子三人がくっついてついていく。
「あの……教室だな……」
ごくりと息を呑み込みながら廣告が灯りの点いた教室をアゴで指し示す。
「一枚……二枚……」
「何か数えてるな……女の声だ……」
「恨めしげな声ね、廣告……」
「ああ、ステマ……女性が恨めしげな声で数えるものって……決まってるよな……」
「ひぃいいいいぃぃぃっ! それ以上言ったらヒドいわよ! 吾斗!」
「非科学です……シャーレでも数えてればいいんです……」
「教室的に、それはないな……」
廣告が顔を上げて教室の外に突き出た札を見る。そこは特別教室のようだ。
「『家庭科室』……数える皿なら、いくらでもあるってか……これは益々――」
廣告がそこまで呟くと、
「誰……」
陰にこもった女性の声が不意に教室の向こうから聞こえてきた。
そして生気のない青い顔をした長い髪の女性がすっと音を立てずに教室から出てくる。
その顔は目の上が何かに殴られたようにふくれていた。
長い髪に恨めしげな声、血の気を失った顔に浮かぶ目の上の青いコブ――
「また出たああああぁぁぁぁああああぁぁぁっ!」
「ひぃいいいいぃぃぃっ! お菊さんよ! お菊さん!」
「花梨ちゃん! 科学の力で退治して!」
廣告と魅甘、ステマがお互いの背中に隠れようとぐるぐるとその場で回り出す。
「任せてください、ステマさん!」
一人回転に取り残された花梨が白衣のポケットに手を突っ込んだ。そのポケットの暗い開口部からちらりと薬品ビンのものらしきフタが見えた。花梨はそのまま薬品ビンを取り出す。
「食らいなさい! ヘキサフル――」
何やら怪しげな薬品を取り出す花梨に皆まで言わせずに、
「待てい! お前、それ絶対人に向けちゃいけないヤツだろ!」
廣告がその手をがっしりと掴んで止める。
「むっ? 見ただけで分かるとは――吾斗くん。実は科学に興味があるのですね?」
「ねえよ! 見た目だけで、ヤバいの丸わかりだろ! てか、何だ? その怪しげな赤い液体は!」
廣告に押さえられた花梨の手の先でポケットからガラスの小ビンが見え隠れした。そこにはやや蛍光色な赤い液体がなみなみとたたえられており、廣告と花梨がもみ合うたびに小ビンの中でゆらゆらと揺れた。
「何をするのです! 相手は幽霊! 科学的に対処するのです!」
「幽霊の時点で非科学的だろ!」
「あんな非科学なもの! 科学的になかったことにします! 溶かし尽くします! この世界最強クラスの酸で!」
花梨が吊り目を恐怖に涙目にしながらポケットからガラスビンを必至で取り出そうとする。
「落ち着け、桐山!」
「喰らうのです! 桐山の科学力! ヘキサフルオロアンチモンさ――」
花梨が尚も涙目のまま薬品ビンを振り上げると、
「薬品名も怪し過ぎだ!」
廣告がしがみつくようにその手を取り押さえた。




