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ステマ 10

「花梨ちゃん! しっかり!」

 落ち武者らしき人影はステマ達に完全に振り返るとずいっと一歩踏み出した。

「こっち来る! 魅甘ちゃん! オデコ勝負よ! あの落ち武者を黙らせてきて!」

「そ、そうね、ステマちゃん! オデコの輝きなら、私の勝ち――って! どう勝負すんのよ!」

 人影は後ろだけ長い髪を揺らしてゆっくりとステマ達に近づいてくる。

 ざんばら髪を左右に揺らし、日本刀らしきものを掲げた陰気な影がこちらにゆっくりと歩いてくる。

 その姿は何処からどう見ても恨みつらみに満ちた落ち武者そのものだった。

「ギャーッ! 吾斗を生け贄にしますから! どうか祟らないで下さい!」

 魅甘が廣告を前に押し出しながら涙目で訴える。

「おおおおお、落ち着け! 俺は分かったぞ! あれは落ち武者は落ち武者でも、現代の落ち武者こと――」

 廣告は落ち武者の正体に気づいたようだ。背中を魅甘に押されながらヒザをがくがくに震えさせて、廣告はその場に踏みとどまりながら落ち武者を指差す。

「社会科歴史担当の武藤むとう先生だ!」

「ホントだわ! 歴史で一番好きなエピソードが趙軍の『背水の陣』の武藤先生だわ! 自分の生え際が背水の陣な感じのくせに丸で見てきたかのように趙軍の覚悟を語り、それでいながら当の本人は昔の自分に未練たらたらで後ろに残った髪を長髪にしてる武藤先生! 『お前、そこだけは歴史じゃなくって今を見つめろよ』って、陰で言われちゃってる武藤先生ね! いえ、今も昔も長髪が似合ってたかどうかは、ちょっと歴史的史料が欲しくなる――そんな現代の落ち武者! 武藤先生!」

 魅甘かそれでも廣告を盾にし前に突き出しながら一気にまくしたてた。

「あのね、君達……」

 そうそこには髪型こそ落ち武者然としているが、普通に背広を着た中年の男性教師が立っているだけだった。武藤と呼ばれた男性教師は押さえきれない怒りに肩を怒らせて立っている。その手には何故か日本刀らしきものを持っていた。

「何だ、先生か。先生、ほにょぽろーん!」

「ほ、ほにょぽろーん……」

 落ち武者めいた容貌の武藤が頬を染めてステマに応える。女子生徒に気安く挨拶をされて武藤の頬が一瞬で崩れた。

「落ち武者のくせに、女子生徒に弱いのね。耳まで真っ赤だわ」

「ごほ、げふ、ふげ……何のことだ香川……さて、お前ら。さっきから何を騒いでいる? もう下校時間はとうにすぎてるだろ?」

 ごまかしの咳払いで自らむせつつ落ち武者こと武藤が早口でまくしたてた。

「先生こそ、何で刀なんか持ってるんですか?」

「吾斗か? 授業で見せてやろうと思って、知人から借りたんだよ。『肥前國住人源宗安』と銘打たれた本物だぞ。真剣だぞ」

 聞いて欲しかったのか武藤は相好を崩して日本刀を電灯にきらめかせる。

「うおおっ! スゴいっすね! ちょっと持たせて下さいっすよ!」

「ダメダメだ、吾斗。人のことを落ち武者とか影で呼ぶ奴には渡せん」

 まんざらでもない笑みを浮かべて武藤が手に持った日本刀を廣告から遠ざけた。

「ええ! 俺は呼んでないっすよ! 落ち武者は女子陣を中心にはやってる呼び名で、俺ら男子はセミロング――って呼んでるっすよ」

「せ……『セミロング』……」

 武藤の笑顔がそのまま凍りつく。

「ええ、未練がましく残った半分だけ長髪だから、セミのロングで――セミロング」

「せせせ、セミロング……」

 武藤の笑顔から血の気がすっと退いていく。

「ええ、セミロング先生! その刀――」

「あはは! 『セミロング』はもっと失礼だよ、廣告!」

 二人の会話を聞いていたステマがおなかを抱えて笑い出した。

「いや、だってよ、ステマ。落ち武者よりは、何だかオシャレ感あるだろ?」

「そのオシャレ感、必要ないって!」

「いや実際! 髪自体はいい匂いすんだよ! さらさらなんだよ! 天使の輪が半円だけ描いてんだよ! めっちゃ、いいシャンプーとか使ってるに違いないって! 何て言うか、残った髪に大事に気を遣ってるのが、結果残念なセミロングっぽさを更に演出し、いかにも残酷でいい感じで醸し出してんだよ!」

「そうね、吾斗。育毛剤にも結構な額使ってると見たわ。コンテンツ連動型広告の格好の的でしょうね」

「お医者さんに診てもらう方が、科学的なのです」

 廣告とステマの会話に魅甘と花梨がうんうんとうなづいた。

「おおお、お前ら!」

 そんな会話の向こうで、武藤の手元がぬめりと光った。

 それは単に蛍光灯の光を受けたからではなく、丸で己の無念を晴らさんとする落ち武者の執念が宿ったかのような――日本刀の刃の光だった。

「先生……」

 その光に廣告がその場で不意に固まる。

「先生……それって本物――真剣ですよね……」

「おう……」

「何だが、真剣を真剣に振り下ろそうとしてるように見えますけど……」

「おう……」

「嫌だな……セミロング先生……」

「――ッ! 問答無用! 誰がセミロングだ!」

 夜の廊下に蛍光灯の光を受けて輝く本物の日本刀。その刃をきらめかし武藤が頭頂部より後方にのみ残った髪を振り乱して襲いかかる。その髪もキューティクルが輝いていた。勿論半円だけ描いている。

「ぎゃああああぁぁぁっ!」

「きゃぁぁぁっ!」

 その形相と光りに廣告とステマが悲鳴を上げて逃げ出し、

「うぎゃあああぁぁあああっ!」

「非科学です!」

 魅甘と花梨がその後を泣きながら追いかけ逃げ出した。

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