エコ対策に!星を見上げる冷製パスタ炭火焼風
「ねぇねぇ聞いてよ」いつものように"魔女"が、いつものように僕の優雅な昼下がりを邪魔しにやってくる。
「いらっしゃいませ。 今日はどんな『思いつき』を持ってきたんですか?」
先に僕の方からこう振ってやると、いつもなら拍子抜けした顔でそのまま何事もなかったようにどこかへ行ってしまうのだが、今日は違っていた。
「……ま、まぁ思いつきと言われちゃうと返す言葉がないんだけどさ」
珍しく素直である。 この調子で生活態度のほうもきちんとしてくれれば言うことはないのだが……今までが今までである。きっとそれは無理な相談というものだろう。
そして、その"魔女"はいつも通り何事もなかったようにまくしたてるのである。
「そうそう、ちょっとこの前駅前の商店街歩いてきたのよ。珍しく徒歩で」
徒歩で歩いてきた? そりゃそうだろう。 他にどうやって歩くというのだろうか。
「おやおや、あそこの商店街も結構距離ありますからね。いい運動になったことでしょう」
彼女に対しては言葉の端を捕まえても何の薬にもならない。
むしろ毒でしかない。 ゆえにそういった気になる点は心の中でしまっておくことにするところまでいつも通りである。
「でさ、ちょっとどうしても欲しい服があったんだけど、どこ探しても売ってないし通販にもないしで仕方ないから作ろうと思ってさ、なんかファッションビルっていうの?そんなやつに入ってる手芸屋さん行ったのよ」
「おや、いつもなら『文字通り創ればいい』とか言っているのに、なんでまたわざわざ作ろうと?」
彼女の口癖。『私はなんでもできる。欲しいものを無から文字通り創ることも』 だったらその言葉通り創ってしまえばいいのだ。 わざわざお金を払って生地やその他材料を買って作る手間までかける必要なんかないはずなのだ。
「うーん……ほら、よくあるじゃん。 普段便利な生活してるから、たまーにキャンプで大自然の中で火を熾してバーベキューを肴にお酒飲んで寝て、日の出と共に起きて文明のありがたみを知って楽しむみたいな?」
言っていることはわからないでもないが、正直そんなことは多摩川の河川敷でいつでもできるのだ。
ついでに夏の時期なら奥多摩方面も何かと楽しい。
何より、そんなお金があるのなら今すぐにでもこの教会に寄付するべきである。
彼女が今までこの教会に何をしてくれただろうか。
むしろ数え切れないくらいの厄介ごとを持ち込んできた記憶しかない。
……と、そんなことをうっかり口に出そうものならばその百倍以上の自分勝手な言い訳が飛んでくるだろう。
職業柄あまり強く言うことができないというのもあるが、やはり女性は恐ろしい。 くわばらくわばら。
「……なるほど。仰っていることはわかるのですが、そこで何かあったのですか?」
今の僕にできること。それは今ものすごい勢いで脱線しようとしている彼女の話と僕の思考を全力で正常運行に戻すことである。
今日は何もかも珍しい日らしく、それはあっさり叶ってしまった。 それはもうあっさりと。
「そ、そうだったそうだった! それでさ、そのなんていうかよくわかんないけどビルねビル。 ゲイツでもないしトライアンフのバイクでもないからね。 …あぁもうそんなことはどうでもよくてさ、ビルに行ったのよ」
「なるほど。ちなみにクリントンでもないんですよね?」
なんだか今日は何をしても問題ない日のような気さえしてくる。 いつもならただ静かに聞き流して次の言葉を促すのだが、ついつい混ぜっ返してみたくなったのだ。
……まぁ、普段から迷惑をかけられているわけで、たまにはそんなことしてみてもバチは当たらないだろう。
「えっ!? い、いやそりゃそうでしょ!」
加えて彼女も驚くくらいに素直に反応する。 うん、実に今日はいい日だ。
とはいえ、このままいてもラチがあかないのでいい加減に続きを促すことにした。
「で、ビルに行ったのですよね?そこからどんな面白いことが?」
「ん?あぁそうだ、ビルに行ったらさ、入り口がガラス張りなんだけど、やっぱ暑いし冷房かかってるのね。 でさ、『エコ対策のため開放厳禁!』ってあるのよ」
「ふむ……開けっ放しにしておくとその分電気も多く消費してしまいますしね」
何度目だろう、今日は実に珍しい日だと思うのは。
ところが、残念ながら珍しい日なのはここまでだったようだ。
「おかしくない?エコ対策だよ?エコ対策。
エコ対策なんでしょ??対策したいならさくっとドア外して閉めようがないくらいにしてどこかの食品系の工場から冷蔵倉庫用の冷房借りてきて10℃以下設定でブン回してみなさいよって」
段々と彼女の言わんとしていることが理解できてきた。
…成程、確かにその通りだ。
環境に配慮するのがエコ、即ち略す前の語はエコロジーであり、それ一語で環境問題対策である。
そこに対策という言葉を重ねてしまったら……?
と、彼女の発言に納得しているうちに彼女は勝手にいつも通り素晴らしい勢いで脱線していく。
「あ、でもさすがにそんな室温にしちゃうと寒くてキツいか……入り口であったかいマックスコーヒーとか売ったらどうよ?ついでにあんまんとかも置いてさ。
私はこしあんがいいかな。そのほうが食べやすいし。
この際だからさ、そんなにエコに対策したいなら暑い日に壁も全部ブチ抜いて冷蔵倉庫並の温度を街中にバラ撒いて熱湯で打ち水とかして思いっきりケンカ売っちゃえばいいのに」
「あの……」
彼女の暴走は止まらない。ここまで静かだった分いつも以上に。
「どうせケンカ売るなら売ってる商品も一切リサイクル品無しを貫くべきだよね。その勢いでソーラーパネルを設置してる家に抗議デモ仕掛けたり、プリウス見たら襲えみたいな」
物騒ここに極まれりといったところか。
「ちょっとそこまで物騒なのはどうかと……」
「ん? だってさ、国家規模でエコ対策してるじゃない。そろそろ総理はソーラーパネルを設置してる家に増税とかするべきだと思うわけよ。
ハイブリッドカーの税金上げて、大排気量スポーツカーの税金を今の軽自動車並に。
エコ対策でしょ?対策したいんでしょ?」
確かにその通りなだけに否定ができない。
どうしてこうなったのか。 思うに日本語は同じ意味の単語をくっつけるのが好きなようで困る。
例えばチゲ鍋なんて韓国語でチゲが鍋料理の意味なのだから鍋鍋料理である。
他にもハングル文字、ニューディール政策、その他枚挙に暇が無い。
「そういえばさ、構想何年の超大作って何よ」
そしていつも通りあっという間に別の話題に移る。何もかもいつも通りである。
「時々映画とかでそんな煽り文句ありますね」
僕もいつも通り遮らないように受け流す。
「大事なのは中身。今まで何回宣伝に騙されたことか。
構想何年とか言ったところで考えるだけなら彫刻でもできるじゃない。
それに知ってる?葦が物を考えるようになると人間に進化するんだってさ。 最近よくある草食系男子って共食いなのよ」
彫刻?あぁ、ロダンか。葦はパスカル。
どちらも何か言いたいこととは違うような気もするが、ここでそんなことを指摘してもなんの意味もない。
そういう些細なことは気にしないに限るのだ。
「確かに、宣伝はすごいのに肝心の中身がイマイチなものも多いですね」
「そうそう、ぽっと出の監督が撮った低予算で制作期間もほとんどないようなのが面白かったりとかするし。
例えば……ベルトで変身するヒーロー映画とか?」
それはただの会社の都合である。
「ま、まぁそんなことより、実はさっき買ってきたシュークリームがあるんですが一緒にいかがですか?
なんでもパティシエのオススメで構想四年の代物だそうです」
「ちょっと、この話したところにそんな構想何年とか出されても……」
彼女は案の定面白くなさそうな顔をするが、それはそれ。
構わず彼女の分も皿に出す。
「いかがでしょうか?ちょっとサイズのわりにクリームが少ない気もしますが……」
まさに『中身が無い』ものだけどね、と少々皮肉混じりに問いかける。
「うーん……た、たまにはこういう何も考えないで楽しめるものもいいんじゃない?
ほら、いくら私だって年がら年中考え事してたら疲れちゃうしね」
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