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違いがわかる人のための深煎りコーヒーと手作りクロワッサンのセット 茹で卵付き

「いっぽんでーもにんじんー」


歌が聞こえてくる。 嗚呼、いつもの"魔女"か。

それにしてもずいぶんと子供向けというか、ある種本来の教会の目的としては正しい形である。 そうか、とうとう彼女も心を入れ替えてこの教会のために働いてくれる気になったのか。 うんうん。


「にそくでーもさんもんー」


思えば彼女がやってきてから ──いや、もっと前からではあるが、この教会はかなりの資金難に陥っている。

僕自身の考え方、「救い、居場所を求める者ならば人も悪魔も幽霊も動物も、勿論それ以外も拒まない」というのもかなりの割合を占めているのは事実だが──


去年の春ごろだったか。 後任に任せるつもりだったのに、やってきたのは新米のシスター。 ……結局僕はそのままここに居続けることになってしまった。


それからというもの、日増しにやれ天使だの(これは観光客や全国各地の信者らが訪れてくるようになったためプラスなのだが)死神だの幽霊だの 彼女のような魔女だのが住み着くことになってしまった。

ここらで少しでも僕の負担を軽減 もしくはそうでなくてもバイトくらいして財政難を解決する一助になってくれたらいいのだが。 と思っていた矢先の出来事だった。


「三人でもヨン様」 「五人でもろくでなし」 「十人でもイチロー」


「……ねぇ、イチローが十人いたら世界取れるかな?」


……ずいぶんと滅茶苦茶な話だ。 教会のために働くつもりというのは僕の早合点なだけだったのかもしれない。


「イ、イチローが十人ですか…… そうですねぇ、そのくらいいたら世界一のチームが作れるかもしれませんが…… 突然どうしました?」


「んー、なんとなく」 ずいぶんな思いつきだ。 そしてそれを本当にやりかねないから困る。 今度は一体何を企んでいるというのだろうか。

何より、野球に関してはイチローが10人どころか2、3人程度いれば十分取れると思う。 今スターを増やすべきはサッカーなのだ。 なんて、僕は何を考えているんだ。


「それで、今日はどんな思いつきですか?」

と僕が聞くと、彼女は「お見通しか」といった顔で出かけていってしまった。 たまには静かな日もいいものだ。


……


数十分後、うちのシスターが青い顔をして現れた。 成程、僕に先手を打たれたから今日はこっちに相手を変えたようだ。

そして案の定大困りで僕のところへ相談に来る。 きっとどこかの窓か柱の影から様子を見て笑ってるんじゃないだろうか。 ずいぶんな趣味だ。


「おやおや、どうしました そんな青い顔で」


「あの、神父様…… ゆで卵と生卵の見分け方を教えてくれませんか?」


これはまた妙なところにきたものだ。 ずいぶんと質というか難易度というか── の低い問題で拍子抜けしてしまった。


「おやおや、テーブルに置いて回してみて、比べたときに良く回るのがゆで卵。 回りにくいのが生卵とよく言いますね それでどうでしょうか?」

しかし、彼女は首を横に振り


「私もそう言ったんです。 でもそしたら『もっとセンスのいい見分け方が知りたい』って……」


卵の見分け方ひとつにセンスもなんもあったものじゃないじゃないか。 たまにあの"魔女"は当たり前のことを無駄に考えて言うことがある。


「そうですねぇ…… では、『食べたときに口が渇くので飲み物がほしいのがゆで卵、しょうゆがほしいのが生卵』でどうでしょうか?」


「そ、そんな答えでいいんですか!?」 そりゃそうだ、普通そんな考え方はしない。 が、彼女なら恐らくこういう答えを待っているはずなのだ。


「あとは、『塩をかけてクロワッサンと挽きたてのコーヒーで頂きたいのがゆで卵、お醤油とほかほかのご飯で頂きたいのが生卵』なんてのもありますがいかがでしょう?」


「……そんなのでいいんでしょうか…… と、とにかく、言ってみますね。 ありがとうございます!」


そう言って彼女は走り出す。 僕はそこに後ろから


「それともう一つ」


「?」


「『どっちも茹でれば同じ』って答えもあります」


「……」

彼女は呆気にとられた顔で、それでもまた走り出す。


……尤も、僕自身これらの答えのセンスがいいのかどうかはわからないが……



──数分後、うちのシスターは釈然としない顔で戻ってくる。


「……神父様、さっきの問題はクリアできたのですが……」 成程、ひとまずクリアはしたものの、また新しいことを言われたのだろう。

それにしても毎度毎度よくおかしなことを考え付くものだ。 その頭もほんの少しだけでも人々のために使ってくれればいいものを。 ……いや、それはそれでまたロクなことをしないような気がする。 敵にしても味方にしても難儀なものだ。


「おやおや、今度はどんなことを聞かれたのですか?」


「それが…… 『ひぐらしと劇場版SIRENの違いがわからない』と。

 でも私ずっと神学校にいて、映画とかもほとんど見たことがないものですから…!」


まさに"これが最後の砦"とでも言わんばかりの勢いで僕に泣きついてくる。

それにしても彼女だってうちのシスターの経歴 というか一般的なそういう流れくらいは知っているはずだ。

"知っていることを無意味にこねくり回して困らせる"のは理解できなくもないが、"最初から知らない"であろうことを言って困らせるのは悪趣味としか言えない。

そんなキャラだっただろうか? などと考えていても意味はない。


「うーん…… とは言っても舞台が山の村か島かっていう程度なんですよねぇ……」


「神父様はご存知なのですか?」うちのシスターの顔がぱっと明るくなる。 さしずめ、暗闇に見えた一筋の光明 といったところか。 だが僕自身の頭もさして明るいわけではない。


「一応、学問的なところから俗なものまで、それなりには勉強しておりますからね。 一通りの知識なくして信者の方の相談には乗れませんから。 それに懺悔の…… おっと、こちらは公然の秘密というものですね。 忘れてください」


とは言ったものの、さして違いなどないのだ。 何が違う?などと聞かれても何と答えればいいのか。

舞台が違う? 方法が違う? いや、彼女はそんな答えは求めていない。

それならば……


「……一緒 と答えてみてください」


「……もはや違いがどうとかじゃない……」と、ぽつりと漏らしてうちのシスターは駆けていった。

だが、それしか答えがないのだ。 むしろ違いがあるというなら僕が知りたいくらいだよ。



……ほどなくして、うちのシスターとともに彼女が戻ってきた。 どこか不満そうな、それでいて晴々とした顔で。


「まけたー」 彼女が自分で負けを認めるとは珍しい。


「なんだかんだで長い付き合いになってますからね。 段々とパターンも読めるようになってきましたから」


「んー、じゃあ最後の質問。 『お寺と神社の違いがわからない』それと、『牧師と神父の違いもわからない』」


……なるほど。


「えぇーと、鳥居があるのが神社で…… お賽銭入れてパンパンと手を叩くのは…… あれ? 牧師がプロテスタントの、神父が…… あれ?あれ?」


と、うちのシスターが一生懸命考えているのを遮り一つ。


「『仏教、神道、ならびに基督教の人以外にはどうでもいいこと』でいかがでしょうか?」


…………


……


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