金欠と気質の生絞りドリンク 行為の報い添え
「そうそう、聞いて聞いて」 彼女は云う。
"自称"魔女。 尤も、例えば魔法とか。 そんなところはとんと見たことがないのだが── の彼女が口を開いても云う事は決まって愚痴か愚痴しかない。
適当に聞いてる振りをして流しておけば、勝手に満足してまたふらっとどこかへいなくなる。 便利な性格だ。
……そしてまた愚痴を拾って帰ってくるのだが。
「今日はどんなことがあったんですか?」 いつもどおりに聞き返す。 彼女は待ってましたと それでいて不貞腐れた表情で話す。
「今日ね、ちょっと本屋いって立ち読みしてたのよ。 そしたら自転車に入れといた袋盗まれた」
自転車の篭に入れたまま立ち読みとは。 いくらここが日本とはいえ無用心だ。
「おやおや、それは大変だ。 なにが入っていたのです?」
「ペットボトルのジュース2本と未開封の飴。 それと…」
「貴重品は入ってなかったのですか? それでしたら僅かな犠牲で誰かが救われたと思えば、安いものではないでしょうか」
我ながら難儀な性格だ。 聞き流しておけばすぐ満足して静かになるというのに、やる気もないくせにこういうときだけは本分の神父として返答してしまう。
案の定彼女は一層不貞腐れた顔になる。
「なけなしの300円持って安っすいスーパー行ったのよ。 スーパー。 んで一本60円ちょいのペットボトルのジュース2本買ったのよ。 わかる? これで2日間安泰だー って。 そしたらこれよ。 あと残り100円しかないのに」
彼女はまくしたてる。
「しかもさ、未開封の飴まで持ってかれたの。 一日1個ずつ大事になめようー って思ってたのに。 配ったりもできるじゃない!」 そんなこと言われても。
「知ってる? 大阪に行くときは飴を持っていきなさいって話。 あっちのおばちゃんって電車で隣に座った人とかのべつまくなし飴を配るって都市伝説。
そういうときに、御当地の飴とかあげると喜ばれるって生活の知恵。 やっすいのでいいのよ。 地域限定とかなら。 そういうので話が盛り上がったりさ、いろいろ便利なのよ 飴」
なおも続く。
「しかもね、飴をもらったときにお返しであげる御当地飴は必ず2個。 一つはそのおばちゃんが舐める用。 もう一つはそのおばちゃんが別の人にあげる用。
これでその御当地飴もらったよネタで別の人とも盛り上がれるって寸法。 よくできてるよね」
生活の知恵というよりはもっと別のものの気がするのだが…
「ふむ… それは知りませんでした」 当たり障りなく返答。 我ながら聞き流しの見本のようだ。
と、ふと引っかかることを思い出す。 袋に入っていたのは飴とジュースと。 それと…?
「ところで、中身について言いかけていたようですが、あと何が入っていたのでしょう?」
聞いてから後悔する 触れなければよかったか。 せっかく静かになりそうなところにまた点火してしまった。
ところが彼女は過熱するでもなく静かに答える。
「ただの小瓶。 真っ黒い物の入ったね」 真っ黒いもの? 墨 いやいや。
「お守りかなにかでしょうか?」 黒いもののビンといえばパワーストーンの類とか、そういうものしか思い浮かばない。 もしくは本当によくわからないもの。
とはいえ、彼女がそういったものに興味があるとは思えなかったけれど。
「拾いもの。 どこぞの高校のなんたら研究部が作った夏休みの自由研究。 《暗黒物質》」
夏休みの自由研究に《暗黒物質》とはどういうジョークだ。 いや、そもそもそんな簡単に作れるものなのやら。
「でも正真正銘本物なんだからしょうがない。 私だって初めて見たよ」 そんな代物に本物とか偽物の定義なんかあるんだろうか。
「で、その本物の《暗黒物質》とはどんなものなのでしょうか? 僕もさっぱりわかってないもので…」
「んーと、 んー…」 と、彼女は滅多に聴かないラジオに手を伸ばす。 雑音だらけながら辛うじて何かのニュースであろうことだけは理解できたのだが。
…後、…時半ごろ… …区のマンションの一室が… …滅するという──
「と、いうことらしい。 人のもの盗んだ報いってやつ? ざまぁないよね」 察するに、彼女の持ち物を盗んだ犯人が中身を確認していたところ、例のビンを発見。 開けてみたら… ということなんだろう。
小気味がいいというかやりすぎというか。 少なくとも合掌。
「いやはや…」 返答に窮する。 尤も、しなくとも別段問題はないのだけれど。
「まぁたまたま拾ったの入れてたらこうなっただけ。 私は願うだけで変えられるんだからそんなもの使うまでもないんだし」
彼女の言っていることがどこまで事実なのかはわからない。 ただ一つだけわかるのは、金のない人間からジュースを盗むな ということくらいだろうか──