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第6話 始動

「じゃあ、調査に行ってきます」

春樹はラフな服装に着替えると、ジーンズのポケットに谷川理紗の写真、そして携帯と財布だけ突っ込んで立ち上がった。

春樹の中では今回、『家出した友人の妹を捜す少年』という役が設定されているらしい。

こういう仕事上のウソを、春樹はけっこう楽しんでいるように見える。


「気をつけるのよ」

「心配ないって。僕は相手に警戒されないタイプだと思うよ。前回だって聞き込みで良い情報取ってきたでしょ? 今回も絶対何か仕入れて来るから」

「その鼻につくほどの自信がうらやましいわ」

美沙が不満そうに返すと、春樹は笑いながら事務所を出ていった。

心配することはない。

今回の調査も危険なものではないし、春樹は絶対にあの力を無闇に使うことは無い。

美沙の心配は今回も杞憂に終わるだろう。今までも、ずっとそのくり返しだった。


けれど春樹といると、常に心配事や不安が澱のように蓄積されていく。

春樹の存在自体が美沙の不安要素なのかも知れない。

春樹を遠ざけてしまえば、その不安からも遠ざかるのだろうか。

手の届かない所へ追いやれば、全てから開放されるのだろうか。


けれどいつも美沙はここで思考を停止させる。

怖くてそれ以上考えることが出来なかった。

まだいいじゃないか。

まだもう少し、今のままで。

美沙は自分の弱さから無理やり目を背け、谷川理紗のファイルをパタリと閉じた。


      ◇


「すみません、人を捜してるんだけど、この女の子知りませんか?」


あらかじめ、店舗の従業員やオーナーに家出少女についての情報収集と、今後見つけた場合の通知協力を頼んだあと、春樹はたむろしている若者達を中心に声をかけてまわった。

谷川理紗がよく出入りしていたというゲームセンター、ネットカフェ、漫画喫茶やカラオケボックス、ダーツバー。

平日の昼間だというのに、学校を休んで来ているのか、声をかける中高生には事欠かなかった。


春樹が理紗の写真を出して申し訳なさそうに協力を求めると、大概の若者は男女問わず写真を覗き込んでくれた。

「え? なに? いなくなったの? この子。家出?」

髪を染め、カラコンと付け睫毛、アイラインで、原型の分からなくなった目をパチパチさせて、女の子達が写真を見入っている。

ただの好奇心半分、そして自分も何かの役に立ちたいという善意の気持ちが半分。

この調査はそれらに期待を掛けるしかない。


春樹の聞き込みに対する同年代の子達の反応も様々で興味深かった。

「なんで探してるの? カノジョ?」

「この子何か悪いことしたの?」

と、春樹や写真の少女について訊いてくる子。

「家出少女なんて見つかんないって。見つけたってまた出て行っちゃうって」

と、捜索の無意味さを指摘して来る子。

あるいは「早く見つかるといいですね」と、気遣いを見せてくれる子。

表情を見ているだけで、その子達の気持ちがストレートに伝わってくる。

人間には、『触れて心を読む力』など、必要ないのだ。


春樹はこの仕事が好きだった。

最初は確かに進学も何も考えることが出来なくて、美沙に甘える形でここに置いてもらっていた。

けれど今は、なんの目標もなく大学に通うよりも確実に充実している実感がある。

社会の役に立ちたいとか言う、そんな大げさなものではなく、ただ自分が何のために此処にいて、何のために動いているのか、ちゃんと理解できていることに安心できた。


谷川理紗の情報収集を初めて4時間が経った。

そこら辺では一番大きなゲームセンターの入り口付近に設置されたフードコーナーで、メイクを直していた3人の女の子に声をかけた。

化粧も服装も大人っぽく装ってはいたが、顔つきはまだ幼く見える。

春樹の差し出した写真を見た3人のうち、背が高く、クルクルと人形のように髪を巻いた女の子が声をあげた。

「あれ~、この子、見たことある」



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