第11話 孤独
春樹は携帯の時間を確認した。
午後6時過ぎ。
2時間おきに調査の状況を連絡するように言われていたが、ついつい忘れてしまい、痺れを切らせた美沙から本日2回も電話が入ってきた。
その都度、叱られる。
春樹を心配して美沙が作ったルールだが、子供扱いされているようで春樹はそれに不服だった。
つい1時間前にも『もう今日は引き揚げなさい』と電話で言われたばかりだが、正直なところ、たいした成果を上げることなく、大人しく帰るのは癪だった。
何か掴みたい。
昨日聞き出した「ミツヒロ」という男性についても、もう少し正確な情報を集めてからにしたくて、美沙には報告してなかった。
今日、谷川理紗と平行してミツヒロという21、2歳の青年を捜したが、手がかりになる情報は入ってこなかった。
失踪して2カ月。
どこかでこっそりバイトでもしてるかもしれないと思い、カフェバーや飲食店、普段入ったことも無いような怪しげなホビーショップにも足を運び、店長に情報協力を頼んで回ったりもした。
もう少しすればここら辺を遊び場にしている若者に代わり、学校帰りの中高生が溢れてくる。
彼らからはあまり情報は得られそうにない。
その前に出来るだけ成果を上げたかった。
「え? この女の子? 見たこと無いなあ」
悔しいが、今日はこれで最後にしようと思いながら、ビデオショップの前でぼんやりタバコを吸っていた背の低い男に声をかけた。
耳に3つも4つもピアスを付けたその短髪の男は、興味無さそうにそう言った。
「じゃあ、ミツヒロっていう男の人は知りませんか? 二十歳過ぎの背の高いガッチリした人で、よくこの先のゲームセンターに顔だしてるそうなんですが」
男は眠そうな目で春樹を見上げ、ニヤリとした。
「へえ、その男と逃げたの? この子。ヤルねー。毎日イイコトしてるんじゃない? 放っといてやれば?」
明らかに楽しんでる風に下卑た笑いを浮かべる男に春樹は心の中でムッとした。
「知らないんだったらいいです。ありがとうございました」
調査中に「余計な感情を出すな」と3カ月間の研修期間中に講師に何度もたたき込まれた。
研修は高い成績でクリアし、18歳で事務所に入ることを許された春樹だが、疲れて焦りが募ると、まだ多感なこの少年は、時たまタブーを犯してしまう。
「あっそ。まあ、がんばってね」
やはり薄ら笑いを浮かべたままそっぽを向いた男に軽く一礼すると、春樹は明らかに落胆した表情で駅に向かった。
今日も一日、自分は何の役にも立っていない。その事が腹立たしく、情けなかった。
これから開店する風俗関係の店も当たって見ようかとも思ったが、それだけは美沙に堅く禁じられていた。
駅までの道を歩きながら春樹は再び携帯を確認した。
やはり情報提供の着信は入っていなかったが、メールの着信が一件あった。
隆也からだ。
『お疲れさま~~。
仕事が終わったら一緒に晩飯食おう!
今夜うちの親、帰って来ないみたいだから、うち来るか?
酒もあるしさwww』
最後に嬉しそうなピースの絵文字があった。
思わず春樹の口元に、フッと笑みがこぼれる。
こんな気分の時には、優しい友人のメッセージが胸にジンと来る。
失いたくないと思った。
この友人とは何時までも変わらない関係でいたいと思った。
幸せはいつまでも続かない。必ずそれはいつか崩れてしまう。
春樹はそう思っていた。
自分の大切な人はなぜか、春樹の前から居なくなる。
父も、母も、兄も。
美沙もきっとそうなのだ。
自分がカミングアウトしてしまったせいで。
きっといつかは美沙も離れていってしまうに違いない。
あと、どれくらいこうやっていられるだろう。せめて、その時が少しでも長ければいいのに、と。
春樹は足元からじわじわと這い上がって来る孤独と不安を感じながらゆっくりと歩いた。
空はいつの間にかすっかり暮れ、長い高架下のトンネルは雨も降っていないのに黒く寒々しく濡れていた。
ひび割れの目立つそのトンネルは、車は割とよく通るものの、以前痴漢が数件発生したということで、人通りはあまり多く無かった。
オレンジのボンヤリしたライトの下、春樹は、隆也に何と返事をしようかと眩しいモニターを見つめていた。
後ろから近づく足音に、何の警戒心も抱かずに。




