ローブの向こう側
日曜の朝、駅前の改札で佐々木悠はすでに待っていた。
高橋翔は少し遅れて駆け寄り、息を切らしながら手を上げた。
「おはよ。待たせた?」
「いや、大丈夫。じゃ、行こうか」
二人は駅を出て、住宅街を抜け、静かな通りを歩き始めた。
日曜の午前中は人通りが少なく、風が少し冷たい。
翔は悠の横顔を横目で見ながら、何度も言葉を飲み込んだ。
歩いて十五分ほどで、二人は一軒のビル前に着いた。
白一色の外壁。
窓は黒く塗りつぶされ、看板も表札も何もない。
ただの無機質な四角い建物が、そこに立っているだけだった。
翔の足が、自然と止まった。
「……ここ?」
悠は軽く頷いて、ビルに近づいた。
自動ドアが静かに開く。
中は白い壁と白い床。
照明がやけに明るく、まるで無人の倉庫のような無臭の空間が広がっていた。
受付カウンターに、若い男が座っていた。
白いシャツ、白いパンツ。
表情は穏やかだが、目が少し虚ろに見えた。
悠はポケットからカードのようなものを取り出し、軽く見せた。
男は無言で頷き、奥の扉を開けるボタンを押した。
二人が中へ進もうとした瞬間、受付員の声が背中から届いた。
「本日は、世界の重圧から解放されてください」
翔の背筋が凍る。
世界の重圧。
解放。
その言葉が、昨日のファミレスの会話と重なる。
心が軽くなる場所。
脱ぎ捨てる。
重いこと、恥ずかしいこと。
宗教だ。
翔は確信した。
これは間違いなく、ヤバい宗教だ。
小声で、悠の袖を掴んだ。
「悠、待て。帰ろう。なんか……おかしいだろ、ここ」
悠は振り返って、穏やかに笑った。
「大丈夫だって。入ってみればわかるよ。翔も、軽くなるから」
「いや、でも……」
翔の声は小さくなる。
廊下の奥から、白いローブを着た男たちが歩いてくるのが見えた。
みんな静かで、穏やかで、でもどこか不自然に整然としている。
女の気配は、一人もない。
悠はもう歩き出していた。
どうすればいい。
答えのない問いが頭の中を駆け巡る。
翔はただただ、後ろからついていく事しか出来なかった。
更衣室と書かれた扉を開けると、そこには十数人の男達がいた。
全員、白いローブに着替え終わった状態で、静かに立っている。
年齢はバラバラだが、誰もが男。
誰も大声を出さない。
誰も翔をじろじろ見ない。
ただ、穏やかな笑みを浮かべて、待っている。
翔は不安がまた一つ大きくなる。
ここで騒げば目立つ。
大声で「帰ろう!」と言えば、みんなの視線が一斉に集まる。
どうすればいいのかと、自問自答を繰り返す。
だが、そんな翔の気持ちとは裏腹に、悠がローブを一枚取り、翔に差し出した。
「これ、着替えて。みんなそうしてるから」
翔は迷いながらも受け取った。
布地は柔らかく、でも妙に軽い。
まるで、何も着ていないような錯覚を覚える。
更衣室の隅で、翔はTシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、ローブを羽織った。
肌に直接触れる布が、冷たく感じた。
悠もすでにローブ姿だ。
二人は並んで、大広間へと続く扉に向かった。
扉の向こうから、低いざわめきが聞こえてくる。
多くの男たちが集まっている気配。
翔の胸が、どくどくと鳴っていた。
まだ、何も始まっていない。
でも、もう後戻りはできない気がした。




