日曜の秘密
ファミレスの窓際席は、土曜の夕暮れの光で少しオレンジ色に染まっていた。
高橋翔はメニューを眺めながら、向かいの佐々木悠をチラチラ見ていた。
練習後の汗がまだ乾ききっていないTシャツが、妙に重く感じる。
「俺はチーズハンバーグ定食でいいかな」
翔が言うと、悠はメニューを閉じて頷いた。
「俺もそれで。最近、食欲出てきたんだよね」
ウェイトレスが注文を取りに来て、席を離れる。
翔はフォークを指で軽く叩きながら、切り出した。
「今日の練習、悠結構頑張ってたな。彩花達とも普通に話してたし。前はあんまり絡まなかったのに、最近変わったよな」
悠は少し照れたように笑った。
「うん……なんか、みんな優しいんだよ。俺みたいな下手くそでも、ちゃんと相手してくれるっていうか」
翔の胸に、小さな痛みが走った。
下手くそ。
その言葉は、自分にも刺さる。
高校の時からずっと、自分も周りから「頑張ってるね」と言われてきた。
だが、それは褒め言葉なのか、ただの慰めなのか、ずっとわからなかった。
「でもさ、日曜だけ来ないよな」
翔は単刀直入に聞いた。
「土曜は来るし、金曜の飲みにも最近顔出すのに。日曜は何してるんだ?」
悠は一瞬、目を逸らした。
グラスの水を一口飲んでから、ゆっくりと言った。
「……別の集まりがあってさ。日曜の午前から、ちょっと時間取られてるんだ」
「集まり?」
翔は眉を寄せた。
「サークル? バイト?」
悠は首を振って、穏やかに笑った。
「違うよ。もっと……心が軽くなる場所っていうか、みんなで笑える場所を見つけたんだ。俺みたいなやつでも、受け入れてくれるんだよ」
小さな違和感。
翔は悠の言葉を反芻する。
「心が軽くなる場所っていうか、みんなで笑える場所を見つけたんだ。」
なんだそれは。
サークルにいる悠の心は軽いように見える。
皆で笑い合っているようにも見える。
それなのに、サークルとは別の、心が軽くなって、みんな笑える場所……?
一体何処なんだ。
それに、そんな場所が存在するなら、何故はっきりと言葉にしない。
「心が軽くなって皆で笑える場所」
何故、そんな曖昧な表現で答えるんだ……?
翔の胸の棘が膨らんでいく。
「それって……ヤバい宗教とかじゃねえよな?」
翔は半分冗談めかして言った。
だが声は少し震えていた。
悠はくすっと笑って、首を振った。
「違うよ、そんなんじゃない。ただ、なんか……世界が全然違うんだ。重いこととか、恥ずかしいこととか、全部脱ぎ捨てられる感じっていうか。俺、下手くそで、いつも自信なかったけど、そこに行くと、なんか……軽くなるんだ」
翔は黙って聞いた。
軽くなる。
脱ぎ捨てる。
その言葉が、頭の中で反響する。
「俺も下手くそだけどな」
翔は小さく呟いた。
声が少し掠れていた。
悠は翔の顔をまっすぐ見て、静かに言った。
「翔も来てみたら?明日、一緒に行ってみない?絶対、軽くなるよ。俺達、同じテニスの下手くそ仲間だろ?一緒に、ちょっとだけ世界を変えてみようよ」
翔はグラスを握りしめた。
指先に力がこもる。
心配だった。
嫉妬もあった。
でも、一番強く胸を突いたのは、
『同じ下手くそ仲間』という言葉だった。
悠は変わった。
俺はまだ変わっていない。
でも、変わりたくて、でも怖くて。
それなのに、悠は笑顔で誘っている。
「……わかった」
翔はゆっくりと息を吐いて、言った。
「行ってみるよ。明日、一緒に」
悠の顔が、パッと明るくなった。
「マジで? よかった。じゃあ、明日の朝、駅で待ち合わせしよう。楽しみにしてて」
翔は頷いた。
でも、心の中では、何かがざわついていた。
これは、ただの集まりじゃない。
何か、違うものだ。
でも、行かずにはいられなかった。
同じ下手くそ仲間として。
その時、ウェイトレスがトレイを持って戻ってきた。
「チーズハンバーグ定食、お待たせしましたー」
二つの皿がテーブルに置かれる。
湯気が立ち上り、チーズの香りが漂う。
翔はフォークを手に取った。
一口、口に運ぶ。
味は、しない。
胸の棘が、まだそこにあった。




