テニスコートの夕陽
土曜の午後、大学のテニスコートはいつものように賑わっていた。
白いラインが引かれたコートに、笑い声とラケットの乾いた音が響く。
高橋翔はベンチに腰を下ろし、ペットボトルの水を一口飲んだ。
視線の先には、ネット越しにラリーを続けている佐々木悠の姿があった。
悠は去年まで、翔と同じようにサークルに来ても隅っこで黙ってスマホをいじっているタイプだった。
声をかければ返事はするが、会話は続かない。
テニスも下手で、サーブはネットに引っかかるし、ラリーは三往復も続かない。
それなのに、今の悠は違う。
女性メンバーの一人、彩花が「悠くん、次僕と組もうよ!」と笑顔で声をかけると、
悠は少し照れくさそうに頷き、ラケットを握り直した。
翔はそれを見て、胸の奥に小さな棘が刺さるのを感じた。
高校時代、翔はテニス部だった。
モテるために始めたスポーツだ。
女子マネージャーや同級生の視線を意識して、毎日練習に打ち込んだ。
でも結果は惨敗だった。
試合で勝てない。
彼女もできなかった。
結局「頑張ってるね」と言われることはあっても「翔君カッコいい」と言われることは一度もなかった。
大学に入って、ようやくチャンスが来たと思った。
テニスサークルはインカレで、レベルは高いが、飲み会も合宿も多くて出会いの場としては悪くない。
「今度こそ」と意気込んで入部したのに、入って一年近く経つのに、翔の状況は高校時代と大差なかった。
女の子と話す機会は増えたが、いつも「友達」止まり。
一方で、悠は……。
「悠、今日も調子いいじゃん!」
隣のコートで、男子メンバーの拓也が声を上げた。
悠が返したボールが、相手のコートに綺麗に落ちる。
下手くそだったはずなのに、最近はラリーが続く。
サーブも少しずつ安定してきた。
何より、笑顔が増えた。
女性陣と自然に話すようになった。
彩花や他の子たちが、練習後に「悠くん、飲み行こ!」と誘う姿を、翔は何度も見ていた。
ーーだが。
日曜のサークル活動だけ、悠は絶対に来ない。
土曜の練習には顔を出す。
金曜の夜の飲み会にも、最近は参加するようになった。
でも、日曜になると、
「ごめん、用事が……」
と、昔の隅っこにいた頃に戻ったようにしどろもどろの言い訳をして消える。
女性に誘われても、目を逸らして「いや、ちょっと……」と曖昧に笑うだけだ。
翔はラケットを握りしめた。
指先に力がこもる。
練習が終わった後、翔は意を決して悠に声をかけた。
「なあ、悠。今からファミレスでも行かね?なんか、最近お前とちゃんと話してない気がしてさ」
悠は少し驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく笑った。
「いいよ。久しぶりだね、そういうの」
二人はコートを後にした。
夕陽がテニスコートのフェンスに長い影を落としていた。
翔は歩きながら、胸の棘が少しずつ大きくなっていくのを感じていた。
これは、ただの嫉妬じゃない。
何か、もっと違うものだ。
悠の笑顔の裏に、何かが隠れている気がしてならなかった。




