第8話 立ち入り禁止区域の中心で
午前中のうちに、呼び出しがかかった。
昨日の現場に近い区画で、関係者への聞き取りをするらしい。名目は「安全確認」。だが、実際は事故の原因を洗い出すための作業だ。
俺は、立ち入り禁止のテープをくぐった。
昨日まで、普通に歩いていた場所だ。
今は、数人の警備員と、測量機材、それから再開発会社のロゴが入った車が並んでいる。
その中心に、スーツ姿の男が立っていた。
背は高くない。派手さもない。
だが、周囲が自然と彼を避けて動いているのが分かる。
現場責任者――神谷。
「君が、昨夜ここにいた作業員だね」
呼び止められて、足が止まる。
名前は出ていないのに、俺のことだと分かった。
「はい」
それ以上、言葉が続かなかった。
否定する理由も、誇る理由もない。
神谷は、俺の顔をじっと見た。
疑うというより、測っている視線だ。
「逃げなかったそうだね」
事実を確認するだけの口調。
責める色はない。
「……たまたまです」
「たまたま、か」
神谷は視線を外し、足元の地面を見た。
アスファルトに残る、かすかな歪み。
「正直に言う。今回の件、原因がはっきりしない」
彼は、周囲に聞こえないよう、声を落とした。
「老朽化だけで説明するには、止まり方が綺麗すぎる」
胸の奥が、きしりと鳴る。
「だが、異常な装置も、操作記録も見つかっていない。だから今は――」
神谷は、俺に視線を戻した。
「“偶然”として処理する」
救われた、と一瞬思った。
だが、その続きが来る。
「ただし」
間があった。
「君の名前は、記録に残る」
淡々とした宣告だった。
「中心部にいて、最後まで離れなかった作業員として」
俺は、何も答えなかった。
答えようがない。
「心当たりは?」
探るような質問。
罠でも、誘導でもない。
俺は、首を横に振った。
「……分かりません」
それは、嘘じゃなかった。
神谷は、短く息を吐いた。
「そうか」
それ以上、深追いはしなかった。
だが、視線だけは外さない。
「この区域には、しばらく近づかない方がいい」
「……仕事なので」
「仕事か」
その言葉に、皮肉はなかった。
「なら、気をつけてくれ。次は、偶然で済まないかもしれない」
そう言って、神谷は踵を返した。
俺は、その背中を見送る。
立ち入り禁止区域の中心で、
俺だけが、昨日と同じ場所に立っていた。
足元から、ほんの一瞬、微かな振動が伝わる。
――やめろ。
誰にも聞こえない声で、そう思った。
振動は、何事もなかったように消えた。




