第7話 街は、俺を離さない
朝になっても、街はそこにあった。
当たり前のことのはずなのに、目を開けた瞬間、俺は少しだけ身構えてしまった。窓の外に広がる景色が、昨日までと同じ形をしていることに、安堵する。
団地の壁は崩れていない。
向かいの建物も、傾いてはいない。
……終わっていない。
それだけで、胸の奥がざわついた。
スマホを確認すると、通知がいくつも溜まっていた。ニュースアプリの見出しが、昨夜の出来事を淡々と並べている。
《老朽インフラ点検中に地盤沈下の恐れ》
《迅速な対応で被害は最小限》
《人的被害なし》
どの記事にも、街の名前は出てこない。
「再開発予定区域」とだけ書かれている。
迅速な対応。
誰が、何をしたのかは、どこにも載っていなかった。
俺はスマホを伏せ、天井を見上げた。
昨夜の振動が、まだ体に残っている気がする。
どくん、どくん。
そんな音は、もちろん聞こえない。
それでも、耳の奥で幻みたいに反響していた。
外に出ると、街は妙に静かだった。
避難の名残で、通りには人が少ない。工事車両と警備員だけが目立つ。
立ち入り禁止のテープが、あちこちに張られている。
昨日まで通れた道が、当たり前みたいに塞がれていた。
「事故があった場所」というだけで、線が引かれる。
俺はその線の外側を歩きながら、違和感を覚えた。
足元の感触が、妙に安定している。
昨日、確かに、ここは沈みかけていたはずだ。
団地の一階部分に近づくと、亀裂の跡が見えた。補修材が雑に塗り込まれている。応急処置。壊れなかったから、それでいいという判断だ。
佐伯さんの店の前まで来て、足が止まった。
シャッターは、いつも通り半分だけ上がっている。
中から、ラジオの音が漏れていた。
――助かってる。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなる。
その時だった。
足元から、ほんのわずかに、震えが伝わった。
錯覚かと思うほど、弱い。
けれど、確かにあった。
俺は、誰にも気づかれないように、その場で立ち止まった。
振動は、すぐに消えた。
代わりに、はっきりとした感覚が残る。
――見られている。
人の視線じゃない。
もっと広くて、重たいもの。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
何も終わっていない。
街も、昨日の出来事も。
そしてたぶん、
俺自身も。




