第6話 それでも、ここは俺の街だ
揺れは続いている。
けれど、もう逃げ惑う音は遠かった。
避難する人たちの背中が、通りの向こうへ消えていく。誰も振り返らない。振り返る理由がないからだ。この街は、もう終わっている。そう決まっている。
俺は、地下への立ち入り口の前に立った。
鉄扉が、小さく震えている。
さっきまで気づかなかったが、触れると温かい。機械の熱とは違う、人の体温に近い感触だった。
「……大丈夫だ」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。
それでも、口に出さずにはいられなかった。
ここで生きてきた。
名前も知られないまま、数に数えられない存在として。
それでも、この街で笑ったことがある。
誰かと話し、働き、眠った。
――全部、なかったことにされるのは、嫌だ。
どくん。
足元が応えるように揺れた。
強くはない。ただ、確かに。
俺は、地面に手をついた。
祈りでも、命令でもない。
ただの事実を、受け入れただけだ。
「ここは……俺の街だ」
次の瞬間、耳鳴りがした。
街全体が、一斉に息を吸い込んだみたいに。
---止まったはずの崩壊
地響きが、止まった。
完全に、というわけじゃない。
崩壊へ向かっていた動きが、途中で踏みとどまった、そんな感覚だった。
団地の外壁に走っていた亀裂が、広がるのをやめる。
商店街の看板が、きしむ音を立てながらも、落ちない。
電灯が、一つ、また一つと点いた。
一瞬だけだが、通りが明るくなる。
周囲から、ざわめきが上がった。
「……止まった?」
「今の、何だ?」
説明できる人間は、誰もいない。
俺自身も、分からない。
ただ、はっきりしていることが一つあった。
――さっきまで、崩れるはずだった。
それが、止まった。
俺は、手のひらを見つめた。
震えている。怖い。なのに、不思議と後悔はなかった。
遠くで、再開発側の男たちが集まっているのが見える。こちらを指差し、何かを話している。視線が、突き刺さる。
関係者として、記録されるだろう。
厄介な場所に、厄介なタイミングでいた人間として。
それでも。
足元から伝わる微かな振動は、まだ消えていなかった。
---街は、まだ生きていた
警告音が鳴り、再び避難指示が出る。
今度は、より強い口調で。
俺は、その場を離れなかった。
地下への入口に手を置く。
振動は、弱く、静かに続いている。
さっきまでとは違う。
暴れるような揺れじゃない。
――生きている。
そんな言葉が、自然と浮かんだ。
ばかばかしい。
街が、生きているはずがない。
それでも、この感覚を、否定できなかった。
俺は、ゆっくりと息を吐く。
失ったものは、きっと多い。
仕事も、立場も、今まで通りではいられない。
それでも。
足元の街は、確かに、ここにあった。
壊されるのを、待っているだけの場所じゃない。
――街は、まだ生きていた。
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