第4話 街が、呼吸している
階段を駆け上がる途中で、揺れが一度、弱まった。
止まったのか――そう思った瞬間、足元がふっと軽くなる。次の一拍が、遅れてやってきた。どくん、と低い衝撃。床を通して、身体の芯まで伝わる。
俺は手すりに掴まり、息を整えた。
おかしい。
崩れる前兆なら、もっと不規則になるはずだ。なのに揺れは、一定の間隔を保っている。
地上に出ると、商店街がざわついていた。シャッターの隙間から顔を出す人、携帯で通話する人、立ち止まって空を見上げる人。誰も、原因が分からないまま動いている。
サイレンが遠くで鳴った。再開発側の現場からだろう。
俺は無意識に、足元のアスファルトを見た。
細かな亀裂が、さっきより広がっている。だが、広がり方が妙に整っていた。割れているのに、崩れていない。
――また、来る。
根拠はない。ただ、そう思った。
次の揺れは、予想どおりに来た。
どくん。
さっきより少しだけ、強い。
周囲から悲鳴が上がる。だが、建物は倒れない。古い看板が揺れ、ガラスが鳴るだけで、踏みとどまっている。
俺は、その場に立ち尽くした。
振動は、怖い。
それでも、不思議と「逃げなきゃ」という焦りが湧いてこなかった。
代わりに、別の感覚が胸に残る。
待っている。
誰かを。
そんなはずはない。街が、人を待つわけがない。
それなのに、足が動かなかった。
まるで、この場所から離れたら、何かが壊れてしまう気がして。
どくん。
どくん。
揺れは続く。規則正しく、確かに。
――呼吸しているみたいだ。
そう思った瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
気のせいだと、何度も頭の中で繰り返す。
けれど、足元の振動は、俺の鼓動と同じ速さで続いていた。




