第34話 見ることを、やめない
翌日から、街の動きは変わらなかった。
警告音は鳴る。
最適化は行われる。
ログは、いつも通り緑で埋まっていく。
ただ一つだけ、違う点があった。
――俺が、見るのをやめなくなった。
介入はしない。
拒否もしない。
受け入れも、要求しない。
その代わり、
起きたことを全部、見ていた。
誰が困って、
誰が助けて、
誰が何も言わずに去っていくのか。
数字にならない部分を、
意識的に拾い続けた。
---
再開発区域の外れで、
立ち退きの説明が行われていた。
書類は整っている。
補償も出る。
法的には、何の問題もない。
だが、説明を受けている老人の手は、
微かに震えていた。
「ここ、長くてな」
それだけ言って、
それ以上は何も話さない。
街は、動かない。
当然だ。
これは、事故でも危機でもない。
俺は、少し離れた場所で、その様子を見ていた。
胸の奥が、静かに重くなる。
介入すれば、
街は反応しない。
だが、見ないでいると、
何も残らない。
---
夜、団地の部屋。
机の上に、ノートを広げる。
久しぶりだった。
書くのは、数字じゃない。
・公園のブランコ
・立ち退き説明で黙った人
・遠回りを選んだ通勤路
・減った街灯の数
・増えた「大丈夫です」という言葉
意味は、今はない。
役にも立たない。
それでも、書く。
街が記録しないものを、
俺が記録する。
足元から、反応はない。
だが、書き進めるうち、
胸の奥の重さが、少しだけ整っていく。
これが、
俺に残された役割なのかもしれない。
---
数日後、神谷に呼ばれた。
「最近、現場に出ているな」
「見てるだけだ」
「それが問題だと言う人もいる」
神谷は、正直だった。
「君は判断役だ。
観測者じゃない」
俺は、首を振る。
「判断するために、見てる」
神谷は、少しだけ考えてから言った。
「……街は、君を必要としていない」
予想していた言葉だ。
「それでも、
人は、君を見ている」
意外な言葉だった。
説明会のとき。
公園のとき。
立ち退きのとき。
俺が、何もしなくても、
“そこにいる”ことを、誰かが覚えている。
神谷は、静かに続けた。
「街は合理を選ぶ。
だが、人は、
合理だけでは動かない」
それは、警告にも、提案にも聞こえた。
---
帰り道、
足元が、ほんの一瞬だけ揺れた。
起動でも、反応でもない。
**同期**。
街が、
俺の“観測”を、
完全には無視していない。
そう感じた。
俺は、立ち止まり、
地面に触れないまま、言葉を落とす。
「……見るだけだ。
それでも、いいだろ」
返事はない。
だが、揺れは、消えなかった。
街は、まだ進んでいる。
最適化を止めない。
それでも。
俺が見続ける限り、
数字の外側は、消えない。
それが、
新しい役割になるかどうかは、
まだ分からない。
ただ一つ、確かなことがある。
**俺はもう、
街から目を逸らさない。**
それだけで、
この街に残る理由としては、
十分だった。
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