第28話 止めなかった日
その日は、最初から嫌な静けさがあった。
朝の通りは動いている。車も人も、信号もいつも通りだ。
なのに、街の奥が、妙に落ち着きすぎている。
嵐の前、というやつだ。
俺は団地の外階段に腰を下ろし、ただ待っていた。
今日は、判断が来る。そう分かっていた。
――来るなよ。
そう思うのは、いつも同じだ。
それでも、街は予定を変えない。
昼前、遠くで警告音が鳴った。
短く、はっきりとした一音。
胸の奥が、即座に反応する。
どくん。
昨日までより、深い。
拒否も、催促もない。
ただ、「起動条件が揃った」という通知みたいな感覚。
再開発区域の中央。
地下構造の負荷が、限界に近い。
俺は立ち上がらなかった。
走れば、間に合う。
地面に触れれば、止められる。
それは、分かっている。
――でも。
今回は、被害予測が違った。
街が示している「最小」は、今までよりも大きい。
建物一棟。
無人。
だが、完全崩落。
そして、全面起動をすれば――
別区画で、もっと多くが巻き込まれる。
数字は冷たい。
でも、嘘はつかない。
俺は、拳を握った。
「……動くな」
そう言わなかった。
言えなかった。
拒否すれば、別の犠牲が出る。
受け入れれば、ここが壊れる。
どちらも、俺の選択だ。
どくん。
街が、一段、深く息を吸う。
俺は、目を閉じた。
――止めない。
それが、今日の判断だった。
次の瞬間、
遠くで、地鳴りがした。
低く、重い音。
地面の奥で、何かが組み替わる感覚。
街灯が、崩落予定区画の周囲だけ、一斉に消える。
誘導。遮断。隔離。
機能として、完璧だった。
数秒後、
建物が、音もなく崩れた。
爆発はない。
粉塵は、最低限。
街は、選んだ通りに動いた。
俺は、その場に立ち尽くしたまま、何もできなかった。
守れたものは、確かにある。
数字上は、最適解だ。
それでも。
膝が、わずかに震えた。
神谷からの連絡が入る。
《起動を確認した。被害は想定内だ》
事務的な文面。
正しい報告。
俺は、返事をしなかった。
代わりに、瓦礫の向こうを見つめる。
誰もいない。
巻き込まれた人間はいない。
それでも、
「壊した」という事実だけが、重く残る。
足元から、振動はない。
街は、満足も後悔もしていない。
ただ、更新を終えただけだ。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうか」
声は、思ったより平坦だった。
止めなかった。
拒否しなかった。
それで、世界は少しだけ守られた。
そして、俺の中で、
何かが確実に削れた。
街は、今日も生きている。
俺も、まだ使える。
それが、
この街で生きるということなのだと――
ようやく、はっきり分かった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




