第26話 拒否の代償
静けさは、長くは続かなかった。
翌朝、街はいつもより早く目を覚ました。
正確には――目覚めさせられた。
警告音。
今度は、短くも鋭くもない。
だらだらと、判断を迷うみたいに鳴っている。
嫌な音だった。
胸の奥が、昨日とは違う反応を示す。
圧じゃない。引っ張られる感じでもない。
――割れている。
そんな感覚。
俺は、靴を履きながら外に出た。
通りの空気が、張りつめている。
再開発区域の外れ。
古い集合住宅の一角に、人だかりができていた。
救急車。
担架。
それを囲む、落ち着かない視線。
嫌な予感は、もう確信に変わっていた。
「……どうした」
誰にともなく、声をかける。
「階段が、崩れた」
近くにいた警備員が、簡潔に答えた。
「老朽化だ。
幸い、全壊じゃない」
幸い、という言葉の使い方が、どこか空虚だった。
俺は、崩れた階段を見た。
昨日まで、確かに“耐えていた”場所だ。
街が動けば、止められた。
だが、昨日――俺は拒否した。
全面起動を、止めた。
その結果だ。
担架が動く。
毛布に包まれた人影が、一人。
意識はある。
命に別状はない。
それでも、足を怪我している。
この街で、逃げ遅れやすい場所を、また一つ失った。
胸の奥が、鈍く痛んだ。
足元から、反応はない。
街は、沈黙している。
責めているわけじゃない。
言い訳もしない。
ただ、事実を突きつけてくる。
――守らなかった。
それだけだ。
神谷が、人だかりの向こうから現れた。
顔色は悪くない。だが、目が鋭い。
「拒否したな」
確認でも、非難でもない。
「した」
否定はしない。
「結果が、これだ」
神谷は、崩れた階段を示す。
「街が動けば、防げた可能性が高い」
「分かってる」
分かっているから、苦しい。
「だが」
神谷は、少し声を落とした。
「全面起動していれば、
別の場所で、別の被害が出ていた」
俺は、顔を上げた。
「……予測してたのか」
「推測だ」
神谷は、正直だった。
「君が拒否したから、
街は“最小限の損失”を選んだ」
最小限。
一人の怪我。
一つの階段。
数字にすれば、小さい。
でも――
「それを、誰が決める」
俺は、低く言った。
「小さいって」
神谷は、すぐには答えなかった。
「決めているのは、街だ」
そう言ってから、続ける。
「そして今は――
君も、そこに含まれている」
俺は、視線を落とした。
拒否はできる。
止めることもできる。
だが、選択からは逃げられない。
守らなかった結果も、
守りすぎた結果も、
全部、ここに残る。
担架が、救急車に乗せられる。
扉が閉まり、サイレンが鳴った。
その音が、やけに遠かった。
足元から、微かな振動。
同意でも、謝罪でもない。
ただの記録。
俺は、目を閉じた。
拒否は、力だ。
だが――
**無傷で済む選択肢は、もう残っていない。**
それでも、選ぶ。
選ばされるんじゃない。
選ぶ。
この街に残る限り、
それだけは、譲れなかった。




