第25話 最初の拒否
街は、すぐには応えなかった。
それが、何より不気味だった。
再開発本部を出て、車に乗り込んでも、足元は静かなまま。振動はない。圧もない。ただ、沈黙だけが続いている。
条件提示は、街にとって無意味だったのか。
それとも――考慮中、というやつか。
団地に戻る途中、警備車両が増えているのが見えた。通りの要所に人が立ち、無線で何かを確認し合っている。神谷の判断は早い。俺を「窓口」にした瞬間から、街全体を管理下に置く準備を始めた。
その中心に、俺がいる。
部屋に戻り、窓を閉める。
外の音が遮断されると、急に世界が狭くなった。
息を整え、床に座る。
今日は、試すと決めていた。
――拒否できるか。
街が動こうとしたとき、
俺は、それを止められるのか。
答えをくれるほど、街は優しくない。
なら、こちらから状況を作るしかない。
ほどなくして、サイレンが鳴った。
短く、鋭い警告音。
再開発区域の外縁部だ。
胸の奥が、ひくりと反応する。
来た。
立ち上がると同時に、振動が走った。
これまでで一番、はっきりとした“起動前兆”。
街が、判断を下そうとしている。
俺は、靴も履かずに外へ出た。
階段を下りるたび、圧が強くなる。
通りに出た瞬間、街灯が一斉に明るくなった。
インフラが、連動を始めている。
――止めろ。
そう思っただけで、胸が痛む。
意志が、街に伝わるより先に、身体が削られる。
俺は、地面に手をつかなかった。
代わりに、立ったまま、息を吸う。
「……今は、使うな」
声は小さい。
命令でも、お願いでもない。
ただの拒否だ。
次の瞬間、
振動が、跳ね返ってきた。
強い反発。
街が、否定した。
視界が揺れる。
膝が、わずかに折れた。
「……っ」
街は、動こうとしている。
被害を抑えるために。
機能として、正しい判断だ。
俺は、歯を食いしばった。
「それでも……ダメだ」
理由を言わない。
言えない。
ただ、拒む。
数秒。
永遠みたいに長い時間。
どくん、という振動が、
一段、弱まった。
街灯が、一つ、消える。
次に、もう一つ。
完全には止まらない。
だが、全面起動もしない。
――通った。
その事実に、遅れて、激しい疲労が押し寄せた。
俺は、その場に座り込む。
胸が痛い。
息が浅い。
それでも、笑ってしまった。
街は、拒否を理解した。
少なくとも、無視はしなかった。
それは、制御じゃない。
支配でもない。
**交渉**だ。
遠くで、サイレンが止まる。
現場対応は、人間の手で済んだらしい。
足元から、弱い振動。
肯定でも、感謝でもない。
ただの記録。
俺は、空を見上げた。
「……一回目だ」
誰に向けた言葉でもない。
街は、沈黙したまま、
それでも確かに、条件を更新していた。




