第24話 条件は、こちらから出す
目を覚ましたとき、天井が近かった。
見慣れた部屋だ。
団地の、いつもの天井。ひび割れの位置まで覚えている。
逃げたつもりだった。
結果は、この通りだ。
身体を起こすと、胸の奥が静かに痛んだ。致命的じゃない。だが、確実に“戻された”痕が残っている。街の外に出ようとした代償だ。
――選択は、成立しなかった。
それなら、次だ。
スマホを手に取る。
未読は少ない。だが、その中に一つだけ、意図的に残していた連絡先がある。
神谷。
こちらから連絡したことは、今まで一度もない。
指を止めて、深く息を吸う。
街の反応は、静かだ。起動の兆候はない。今なら、話ができる。
メッセージは短くした。
《話がある。場所を指定してほしい》
送信。
数分も経たないうちに、返事が来た。
《分かった。今から迎えを出す》
予想通りだ。
拒否はされない。俺は“必要な資源”だから。
---
車内は静かだった。
窓の外を流れる街の景色が、いつもより遠く感じる。完全に外へ出ているわけじゃない。だが、境界線ぎりぎりをなぞるような移動だ。
胸が、わずかに重くなる。
神谷は、再開発本部の応接室で待っていた。
立ち上がりはしない。だが、こちらを見て、確かに警戒の色を浮かべる。
「体調は」
「生きてる」
それで十分だろう。
神谷は、小さく頷いた。
「逃げたな」
「試しただけだ」
否定はしない。
否定できない。
数秒の沈黙。
「……戻されたか」
「完全にな」
神谷は、ため息をついた。
怒りでも失望でもない。計算が一つ、確定した顔だ。
「君は、切り離せない」
「そういう結論でいい」
俺は、椅子に腰を下ろす。
「だから、条件を出す」
神谷の眉が、わずかに動いた。
「条件?」
「管理されるのは構わない。監視も、制限も受け入れる」
そこまで言って、間を置く。
「その代わり、街の使い方は――俺が決める」
空気が、張りつめた。
「具体的には」
「街を“兵器”として使うときは、必ず俺を通せ。
自動起動は認めない」
神谷は、即答しなかった。
その沈黙が、手応えだった。
「もう一つ」
俺は続ける。
「この街の人間を、実験材料にするな。
再開発も、やるなら段階的にだ」
神谷は、腕を組んだ。
「それは、要求が大きい」
「分かってる」
俺は視線を逸らさない。
「でも、代替はない。
俺を壊したら、街も壊れる」
脅しじゃない。
事実の提示だ。
神谷は、ゆっくりと息を吐いた。
「……君は、自分の立場を理解している」
「理解したくなかったけどな」
しばらくして、神谷は言った。
「検討する。
だが一つだけ、約束しろ」
「何だ」
「街が“先に”動こうとしたとき、
君は止めに入ると」
俺は、足元の感覚を確かめる。
街は、沈黙している。
「止められるとは、限らない」
「それでもいい」
神谷は、真っ直ぐにこちらを見た。
「君がいるかいないかで、被害は変わる」
……そういう扱いか。
俺は、短く笑った。
「分かった。
ただし――」
最後に、これだけは言っておく。
「俺を“部品”って呼ぶな」
神谷は、一拍置いてから、頷いた。
「分かった。
**窓口**と呼ぼう」
それで十分だ。
応接室を出るとき、
胸の奥が、少しだけ軽くなっているのに気づいた。
逃げられない。
使われる。
それでも――
**黙って使われる気は、もうなかった。**
足元から、弱い振動。
同意でも、反発でもない。
ただ、更新された条件を、街が記録したような感覚だった。
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