第21話 街より先に、壊れるもの
朝が来たことは、音で分かった。
遠くで工事車両が動き始め、警告音が一つ鳴る。もう目覚ましは使っていない。使えなくなった、の方が正しい。
身体を起こそうとして、少しだけ遅れる。
重いわけじゃない。
痛みもない。
ただ、街の状態を確認する癖が、先に動く。
――異常なし。
それが分かったあとで、ようやく呼吸を意識した。
ここ最近、順番が逆だ。
部屋を出ると、通りはいつもより静かだった。
再開発区域の外周に、新しいフェンスが増えている。警備員の数も多い。
街は、明らかに「管理対象」になっていた。
それでも、俺が歩く分には、何も言われない。
顔を覚えられている。排除される対象ではない。
――観測対象。
通りを抜けると、佐伯さんの店の前で足が止まった。
シャッターは下りたままだ。
もう、開くことはない。
分かっていたはずなのに、胸の奥が少しだけ遅れて反応する。
そのときだった。
どくん。
強い振動。
今までとは違う。
明確な“指向性”を持った反応。
俺は顔を上げ、再開発区域の中心を見る。
高層ビルの影。
地下の、さらに奥。
――来る。
理由は分からない。
でも、街がそう判断したことだけは分かる。
走り出そうとして、足が止まった。
その瞬間、身体の奥で、何かがきしんだ。
「……っ」
息が、浅い。
視界が、一瞬だけ暗くなる。
街は動こうとしている。
その準備に、俺が引っ張られている。
神谷の言葉が、頭をよぎった。
――君は使っているんじゃない。使われている。
違う、と言いかけて、やめた。
今のこれは、否定できない。
俺は、地面に手をつかなかった。
代わりに、一歩、後ろへ下がる。
すると、振動が弱まった。
街は、即座に反応を変えた。
……試されている。
そう思った瞬間、胸の奥が冷えた。
街が守ろうとしているのは、
この区域でも、人でもない。
“機能”だ。
必要なときに、必要なだけ動くための状態。
そのために――
どくん。
振動が、再び強まる。
今度は、俺の中からだった。
膝が折れ、アスファルトに片手をつく。
呼吸が追いつかない。
視界の端で、街灯が一斉に明るくなった。
街は、起動しかけている。
俺は、歯を食いしばった。
「……待て」
声は、震えていた。
命令じゃない。
お願いでもない。
ただの事実だ。
「このまま動いたら……俺が、先に壊れる」
数秒の沈黙。
どくん、という振動が、ゆっくりと間隔を伸ばす。
完全には止まらない。
だが、暴走もしない。
俺は、その場に座り込んだまま、荒い息を整える。
理解した。
街は、俺を守らない。
だが――壊れきる前には、止まる。
それは優しさじゃない。
部品を壊さないための制御だ。
笑えなかった。
それでも、目を逸らすこともできなかった。
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
街は、まだ生きている。
そして俺も、まだ使える。
その事実だけが、
この場所で生き続ける理由になってしまった。
――人間として、どこまで残れるかは、
もう、分からない。
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