第2話 住んでいるだけで、邪魔者らしい
佐伯さんの店は、相変わらず中途半端な時間に開いていた。昼でもなく、夕方でもない。再開発が決まってから、客の流れなんてとっくに壊れている。
引き戸を開けると、鈴が乾いた音を立てた。
「いらっしゃい……って、なんだ、お前か」
カウンターの向こうで、佐伯さんが新聞を畳む。しわの多い手は、インクで少し黒ずんでいた。
「今日は点検?」
「はい。ついでに、飲み物買おうかと」
「自販機、また死んでるだろ」
言われて、何も返せなくなる。佐伯さんはため息をついて、棚から缶コーヒーを一つ取った。
「ほら。ツケでいい」
「……いいんですか」
「どうせ売れ残る。ここに置いておくより、飲まれた方がマシだ」
缶を受け取る指先が、少しだけ震えていた。寒さのせいか、年のせいかは分からない。
店の外を、スーツ姿の男女が通り過ぎていく。タブレットを覗き込みながら、足早に。こちらを見ることはない。
再開発会社の調査員だ。最近、よく見かける。
「また来てましたよ」
「そりゃ来るさ。もう決まった話だからな」
佐伯さんは、どこか投げやりに笑った。
「俺たちが何言っても、図面の線は動かん。ここは更地。そう決められてる」
更地。
人が住んでいる場所を指す言葉とは、どうしても思えなかった。
「お前はどうするんだ」
「まだ……決めてません」
「そうか」
それ以上、何も聞かれなかった。
聞かれないことに、少しだけ救われる。
店を出るとき、佐伯さんが背中越しに言った。
「無理すんなよ。ここに残る理由なんて、もうないんだから」
その言葉は、優しさでできていた。
だからこそ、胸に刺さる。
通りに出ると、工事フェンスの向こうから視線を感じた。さっきの測量の男だ。ヘルメット越しに、事務的な目でこちらを見ている。
俺は何か悪いことをしているわけでもないのに、無意識に歩調を速めた。
――住んでいるだけで、邪魔者。
この街に残っているというだけで、そう扱われている気がした。




