第20話 それでも、ここにいる
夜になって、街は少しだけ落ち着いた。
昼間に増えていた車両の音も、今は遠い。警備の灯りが、交差点の角で淡く瞬いている。立ち入り禁止のテープが風に鳴るたび、ここがもう“管理される場所”になったことを思い出させる。
俺は、商店街の端で立ち止まった。
佐伯さんの店は、まだ開いている。
いつも通りだ。何も知らない顔で、ラジオの音が漏れている。
入るべきか、迷って、やめた。
今日は、理由を説明したくなかった。
代わりに、通りの中央に立つ。
人はいない。音も少ない。
――仕事は、もうない。
そう言葉にしてみる。
胸の奥が、ひくりと反応しただけで、何も変わらない。
それでも、足元の感触は、昼よりはっきりしていた。
安定している。落ち着いている。
まるで、ここにいること自体が、正解だと言われているみたいに。
俺は、何もしない。
触れない。求めない。
ただ、立っている。
どくん。
弱い振動。
確かに、応えがあった。
――それでいい。
そう思えた自分に、少しだけ驚いた。
---見られる側へ
通りの向こうで、足音が止まる。
視線を感じて顔を上げると、警備員が二人、こちらを見ていた。距離はある。声をかけてくる様子もない。
ただ、確認している。
この街に、まだ人がいることを。
しかも、仕事の腕章も、ヘルメットもない人間が。
俺は、軽く会釈した。
向こうも、少し遅れて頷く。
それ以上、何も起きない。
でも、分かった。
今日から俺は、
守る側でも、働く側でもない。
見られる側だ。
理由のない人間。
説明できない存在。
街と同じ立場に、並んだ。
足元が、ほんの一瞬だけ、温もりを増した気がした。
---
部屋に戻ると、窓を開けた。
夜風が入り、遠くの信号が切り替わる音が聞こえる。誰も渡らない横断歩道に、青が灯る。
意味はない。
それでも、目を離せなかった。
仕事を失って、
残る理由も、言葉も、肩書きも失った。
それでも俺は、
今日もこの街にいる。
それが選択なのか、
縛りなのかは、まだ分からない。
ただ一つ、はっきりしていることがある。
この街は、
理由を持たない人間を、追い出さなかった。
――だから俺も、
追い出されるまで、ここにいる。
窓を閉め、灯りを消す。
闇の中で、街は沈黙したまま、確かに息をしていた。




