第19話 選んだのは、沈黙だった
相馬の姿が完全に見えなくなっても、俺はその場を動けずにいた。
正しい選択肢は、もう提示された。
あとは従うだけだ。
街を出る。
仕事を続ける。
何事もなかったことにする。
それができない理由は、どこにもない。
――説明できない、という一点を除けば。
俺は、ゆっくりと歩き出した。
帰る方向じゃない。気づけば、商店街の方へ足が向いている。
理由はない。
考えた結果でもない。
ただ、そうなった。
途中、立ち入り禁止のテープが目に入る。
昨日まで、仕事として越えていた境界線だ。
今は、ただの部外者だ。
一瞬だけ立ち止まり、
それから、回り道を選んだ。
正面から入る資格は、もうない。
それでも、近づくことはやめられなかった。
通りに入ると、昼間だというのに人影が少ない。
店のシャッターが、いつもより多く下りている。
この街は、確実に終わりへ向かっている。
昨日より、今日。
今日より、明日。
俺は、何もできない人間だ。
仕事も、立場も、もうない。
それでも。
足元の舗装に、わずかな温もりを感じた。
気のせいだ。
そう言い聞かせる前に、もう一度、確かめるように足を踏みしめる。
どくん。
弱い。
けれど、確かだ。
胸の奥が、静かに締めつけられた。
――選んだのは、沈黙だった。
何かを宣言するでもなく、
誰かに伝えるでもなく。
ただ、ここに残るという事実だけを、受け入れた。
その瞬間、
街は、何も変わらなかった。
変わらなかったからこそ、
俺は、もう戻れないのだと分かった。
---失ったあとの日常
部屋に戻ると、作業着を脱いだ。
畳んで、棚の一番下に押し込む。
もう使わないものとして。
ヘルメットも、工具も、同じ場所に置いた。
触れれば、まだ現場の匂いが残っている。
それが、少しだけ痛かった。
昼を過ぎても、やることはない。
時計を見る癖だけが、抜けなかった。
この時間なら、点検に向かっていた。
この通りを歩いて、地下に降りて。
代わりに、窓から街を眺める。
壊れかけの看板。
閉まった店。
それでも、まだ息をしている景色。
――俺と同じだ。
理由を失っても、
存在は消えない。
それが、良いことなのかどうかは分からない。
夕方になり、外が少し騒がしくなる。
再開発側の車両が、また増えていた。
監視でも、調査でもいい。
もう、仕事として関われない。
それでも、胸の奥がざわつく。
理由は、もうない。
なのに。
足元の街は、
静かに、確かに、そこにあった。
それだけで、
今日は十分だった。




