第15話 事務所での通達
事務所は、やけに整っていた。
机の上に積まれた書類も、壁に貼られた工程表も、昨日までと何も変わらない。変わっているのは、空気だけだ。言葉にしなくても分かる。ここではもう、結論が出ている。
応接用の椅子に座らされ、向かいに二人が腰を下ろした。
下請けの管理者と、再開発会社の担当者。どちらも、困ったような顔をしている。
「体調の方は、大丈夫か?」
最初に口を開いたのは、管理者だった。
気遣いの形をした確認だ。
「はい」
それ以上、何も聞かれない。
本題は、別にある。
再開発会社の担当者が、書類を一枚、机の上に滑らせた。
「昨日の件だが……」
言葉を選んでいる。
それが、逆に分かりやすかった。
「精神的な負荷が大きかったと判断した。君の安全を考えて、しばらく現場作業からは外れてもらう」
しばらく。
期限は、書かれていない。
「点検業務も、当面は別地区で――」
言葉の続きを、俺は聞かなかった。
視線が、書類に落ちる。
異動先の地名。見覚えのない、遠い場所。
この街じゃない。
「念のためだ。万が一のことがあっては困る」
誰のための「万が一」なのかは、言わなくても分かる。
街のため。会社のため。事故を起こさないため。
俺のため、ではない。
「……断ることは、できますか」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
二人は、一瞬だけ視線を交わした。
「もちろん、強制ではない」
管理者が言う。
「ただ、その場合は――」
「契約終了、ですよね」
言葉を継ぐと、二人とも黙った。
肯定だ。
誰も、俺を責めない。
むしろ、気の毒そうな目をしている。
「後悔しないでくれ」
管理者は、そう言った。
それが、この場でできる、精一杯の言葉だった。
俺は、書類から目を上げた。
「……分かりました」
異動を受けるとは、言わなかった。
断るとも、はっきりは言わない。
それでも、意味は伝わる。
担当者が、ゆっくりと頷いた。
「手続きは、こちらで進める」
事務的な音を立てて、書類が片付けられる。
それで終わりだ。
立ち上がり、頭を下げる。
今までと同じ動作なのに、もう意味が違う。
事務所を出ると、廊下の窓から街が見えた。
あの場所に戻る理由が、
今、ひとつ消えた。
それでも、足は自然と、
そちらの方角を向いていた。




