第1話 この街は、もう終わっている
この街は、もう終わっている。
再開発が決まり、解体を待つだけの場所だ。
そこに住んでいる人間も、
同じように「もう役目を終えた存在」だと言われている。
これは、
そんな街に取り残された一人の話であり、
――街そのものの話だ。
派手な英雄譚ではありません。
世界を救う物語でもありません。
ただ、
「いらない」と決められた街と人間が、
それでもここに在ると証明しようとする物語です。
工事フェンスの色は、いつ見ても同じだった。
くすんだ緑。視界の端に入るたび、「もうすぐ消える」と言われているみたいで落ち着かない。
商店街のアーケードを抜けると、シャッターが閉まったままの店が三つ続いている。前までは、夕方になると油の匂いがして、誰かの怒鳴り声と笑い声が混じっていた場所だ。今は、足音だけがやけに響く。
再開発予定区域。
この街につけられた正式な名前は、それだけだった。
役所の書類にも、ニュースにも、地図アプリにも、ここはもう「終わった場所」として扱われている。住んでいる人間の名前なんて、どこにも載らない。
フェンスの向こうで、作業員が測量機を立てていた。新品の作業着が、やけにこの街と噛み合っていない。視線が合っても、すぐに逸らされる。悪意はない。ただ、興味がないだけだ。
――まあ、そうだよな。
ここに残っているのは、行き先を決めきれなかった人間か、決めてもらえなかった人間だけだ。
俺は自販機の前で立ち止まり、点灯していないランプを眺めた。電力の供給が不安定になってから、半分は使えない。直す予定も、もうない。
ポケットの中で、古い鍵が触れ合って音を立てる。団地の部屋の鍵だ。立ち退き期限は、来月末。通知は三回目だった。
この街に生きてきた理由を、俺は説明できない。
ただ、気がついたら、ここにいただけだ。
通りの向こうで、佐伯さんの店の明かりが見えた。まだ閉めていないらしい。あの人も、そろそろ店を畳むと聞いた。
シャッターが降りきる音を想像して、胸の奥が少しだけ重くなる。
――この街は、もう終わっている。
誰もがそう言う。
反論する理由も、俺にはなかった。
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