第8話
翌朝。
真琴は、目覚ましより少し早く目が覚めた。
天井の木目を眺めながら、しばらく動かない。
(静かだな)
譲り受けた祖母の家は、音が少ない。
都心の賃貸アパートにいた頃は、車の音や人の気配が否応なく入り込んできていた。
でもここでは鳥や風の音。
(この家に来て、もう結構経つ)
半年前、在宅勤務が本格的に認められたのをきっかけに、思い切って引っ越した。
祖母が遺したこの別荘は、静かで、広くて、少しだけ寂しい。
◇
朝食を済ませ、ノートパソコンを開く。
オンライン会議、チャット、資料作成、進捗確認。
人と話しているはずなのに、
誰とも顔を合わせていない感覚が日に日に強くなっていく。
(そういえば……)
ふと、スマートフォンを見る。
最後に友人とメッセージをやり取りしたのは、いつだったか。
忙しさを理由に、会う約束を先延ばしにしているうちに、連絡そのものが減っていた。
(まあ、仕方ないよね)
自分に言い聞かせるように、画面を伏せる。
寂しい、とは思わないようにしていた。
余計に、気持ちが揺れる。
◇
昼休み。
簡単な食事をとりながら、無意識に押入れの方を見ている自分に気づく。
(……あ)
苦笑する。
以前なら気にも留めなかった場所だ。
今ではしっかり「確かめたい場所」になっている。
(まあ普通に考えて、変だよね)
顔も知らないし声も聞いたことがない。
そもそも起きていること自体が超常現象。
それなのに。
あの押入れの向こうからの返事を待ち望んでしまう。
◇
夜。
自然な流れで押入れの前に座る。
(……今日も来てたらいいな)
襖を開ける。
箱の中には、紙が一枚だけ。
(……あれ?)
飴がない。
紙を手に取る。
読めない。当然だ。
描かれた絵には
棒人間と口元の飴の絵。そして、×。
(飴はない、ってことね)
棚。本の山。棒人間。これは仕事場、かな。
その足元に、鎖のような線。
杭に繋がれている。
(…なにこれ?)
飴の丸、それに伸びる手を
もう一つの手が止めている。
止める側の棒人間には、小さな冠のような印。
(……止められた、ってこと?)
喉が、ひくりと鳴った。
昨日までなら、「少し不便そうだな」で済んだかもしれない。
リヒトの”事情”を聞かされた今となっては
“不自由な生活”が、頭に浮かぶ。
誰にも話せないことを、
この押入れに向かって書いているのかもしれない。
そして。
(私も、似たようなものか)
この家で一人、仕事をして、
夜になると静かに一日を終える。
誰かに聞いてほしいわけじゃない。
でも、誰かが“いる”と感じられるだけで、救われる夜があることを知った。
◇
真琴は、そっと紙を置いた。
(……大丈夫、なのかな)
外出場所にも制限がついていると言っていた。
不自由そうな生活に心配が募った。
今日は文字じゃなく絵で返事をかいた。
棒人間。
その横に、もう一人。
(ここに、私かいるよと)
次に、自分の家の絵。湯気の立つカップ。柔らかい布団。
(私は、ここにいる)
最後に、ゆっくりとした線で、夜空と月。
紙を箱に戻し、襖を閉めた。
◇
布団に入っても、すぐには眠れなかった。
(癒されてたんだ、私)
一日の終わりに、
「今日も誰かと繋がっていた」と思える時間。
それが、思っていた以上に、大切になっていた。
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