第6話
急展開です。
夜。
真琴は、いつもの時間に押入れを開けた。
箱の中には、紙が一枚と――
小さな包みが置かれていた。
(……なに、これ)
包みは、薄い紙で丁寧にくるまれている。
キャンディーのように、両端がきゅっとねじられていた。
(飴……?)
手紙を先に取ろうとして、指が止まる。
紙の上部。
いつもの文字とは違う、短い文が添えられていた。
――もちろん、読めない。
だが、そのすぐ横に、見覚えのある絵がある。
口を指さす棒人間。
その先に、丸いもの。
(……食べてから、読めってこと?)
わきあがる好奇心。
(いやいや、食べるのはだめでしょ)
包みをよく見るが、
中身は透き通った琥珀色で、普通の飴にしか見えない。
さらに、もう一つ絵があった。
棒人間が横に倒れている。
その横に、×。
(……毒じゃない、って言いたいのかな?)
真琴は、しばらく悩んだ末、
紙を机に置き、飴を手に取った。
(いくら何でも危険なものを送ってくるなんてことはないはず・・・)
これまでのやり取りが、真琴の背中を押す。
小さな飴。
匂いは、ほとんどしない。
(よしっ)
真琴は、息をひとつ吐いてから、
意を決して口に入れた。
(・・・甘っ)
ころころと舌の上で回る飴玉。
(なにこれ、拍子抜け……めっちゃ普通ね)
そう思った瞬間。
机の上の紙が、
すっと、意味を持って目に入ってきた。
「……え?」
思わず、声が漏れる。
もう一度、紙を見る。
そこには、はっきりとした文章があった。
『驚かせてしまったなら、申し訳ない。
これは、言葉を一時的に理解するための、小さな魔法だ』
真琴は、固まった。
目をこすって、もう一度読む。
読める。完全に日本語として、理解できる。
(……え、ちょ、待って)
心臓が、急に早鐘を打ち始める。
紙を裏返す。別の文字も、すべて読める。
『長く効くものではない。
だが、どうしても伝えたいことがあった』
真琴は、椅子に座り込んだ。
(なにこれ?幻覚?自己暗示?催眠……?)
考えられる可能性を、片っ端から並べる。
だが、どれもしっくりこない。
翻訳アプリでは不可能だった文字。
絵と記号でしか通じなかった言葉。
それが、飴を口に入れただけで――
(……魔法)
紙に示されたその言葉が頭をよぎる。
ばかばかしい。非現実的すぎる。
でも。
(それ以外、説明つかなくない?)
真琴は、もう一度、紙を読む。
『私の名は、リヒト・ヴァルグレン。ヴァルグレン家の者だ』
あの棒人間の上の二文字。やはり、名前だった。
『身分はそれなりにあるが、生まれの都合で、自由はほとんどない』
囲いの絵。夜だけの○。全部、繋がっていく。
『あなたが返事をくれる夜が、私にとって唯一、外と繋がれる時間だ』
真琴は、紙を握りしめた。
(……そんな)
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
『数日前あなたがくれた食べ物はこちらの世界では見たことがなかったものだ。
もしかしたらこの世界とあなたの世界は違うのかもしれない』
最後の一文を読んだところで、
舌の上の甘さが、消えた。
視界が、少し揺らぐ。
(……効き目が切れた?)
慌てて、もう一度紙を見る。
――読めない。
意味を失った文字列が整然とそこに並んでいた。
◇ ◇ ◇
しばらく、動けなかった。
頭が、追いつかない。
(……読めた)
確かに、読めた。
紙は、そこにある。夢ではない。
キャンディーの包みも、残っている。
(この箱の向こうは、魔法がある世界……?)
そうでなければ、説明がつかない。
真琴は、ゆっくりと顔を上げた。
押入れの向こうは、
「よく分からない誰か」ではなく――
魔法のある世界と、
そこに生きる、リヒト・ヴァルグレンという人間に繋がっているのだ。
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