第4話
朝、真琴は押入れを開ける前に考え込んでいた。
(文字は……通じない)
これはもうはっきりしていた。
翻訳アプリでは無理だった。
(でも行動なら、ちゃんと返ってくる)
クッキーは消えて代わりに草が来た。
水とお粥もなくなって、手紙と櫛が届いた。
(だったら)
真琴は、小さく息を吸った。
◇
机に向かい、新しい紙を一枚取り出す。
ペンを持ったまま考える。
(幼稚すぎるかな)
でも、今さら格好をつけても仕方がない。
真琴は、ゆっくりと線を引いた。
丸い頭に、棒の体。
いわゆる棒人間だ。
その横に、小さな吹き出しを描いてみた。
中に、文字の代わりに○と×。
(〇とか言う概念が通じるかわからないけど)
次に、スープの絵。
矢印を引いて、棒人間へ。
その先に、○。
(……「人間ですか」「食べ物、食べましたか」)
自分の中で一応意味を確認して、紙を折りたたむ。
(通じる、かな)
不安はある。
けれど、何もしなければ、何も分からないままだ。
真琴は紙を箱に戻し、そっと蓋を閉めた。
◇
その日の夜。
襖を開けた瞬間、真琴は小さく息をのんだ。
(……おお!)
箱の中で、紙が少しずれている。
スープとタオルはなくなっていた。
代わりに置かれていた紙を、そっと取り出す。
(描き足されてる……)
自分の描いた棒人間の横に、
もう一人分の同じような人型が追加されていた。
姿勢はまっすぐで、服の線らしきものが描かれている。
頭の部分には、細い線が何本も重ねられていた。
(髪、だよね)
しかも、その線は、他より少しだけ薄く書いてある。
(どういうこと?)
確信はないが髪の色の表現かな
吹き出しの中は
○。
その横に、見知らぬ文字が一つ添えられている。
(肯定かな……たぶん)
スープの矢印の絵にも、同じ○。
さらに、その下に、小さな三日月のような絵が描き足されていた。
(……月?)
一瞬、意味が分からず首を傾げる。
だが、すぐに思い至った。
(夜、のこと?)
食べた、という意味に、なぜ夜を添えたのか。
(夜にしか、受け取れない?)
想像が飛躍する。
相手は、自由な立場ではないのかもしれない。
◇
その晩、真琴はすぐには返事を書かなかった。
紙を机に置き、何度も眺める。
○と×、人の絵、三日月。
言葉は通じなかったけど、
きちんと答えが返ってきている。
(分かろうとしてくれてる、と受け取っていいよね)
それが、不思議と嬉しかった。
真琴は新しい紙を取り、今度は少しだけ考えながら描いた。
家の絵。
自分を示す棒人間をその中に描く。
木箱を書き加え、太陽と、月を矢印でつなぐ
分からないなら、分かる形を探せばいい。
押入れの奥にいる“誰か”と、
少しずつ、共通の理解を積み重ねていくのがなんだか心を弾ませる。
真琴は紙を箱に戻し、襖を閉めた。
明日はどんな会話ができるのだろうか。
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