第2話
目が覚めて、自分がどこにいるのかを確かめるように、天井を見上げた。
白い木目の板張り。
祖母の趣味だった、少し古風な照明。
(……ああ)
別荘。
引っ越してきたばかりの家。
そして昨夜の出来事が、ゆっくりと思い出される。
押入れの木箱。
消えたクッキーと、見知らぬ草束。
(夢…じゃない)
布団の中で、手をぎゅっと握る。
心臓は、思ったより落ち着いていた。
(……怖くはない)
それが一番、不思議だった。
知らない現象。説明のつかない出来事。
普通なら、もっと動揺してもおかしくないはずなのに。
誰かと一緒にいたら、怖さは増幅されただろうか。
だが今は、判断するのも、受け止めるのも、自分ひとりだ。
以前より迷いが少なくなったような気がする。
真琴は布団から出た。
◇
朝食は、昨夜の残りのご飯で作った卵かけご飯。
祖母の家に残っていた古い醤油差しを使う。
(生活、してるなあ)
こうして台所に立つと、この家が「住む場所」になったのだと実感する。
食後、ノートパソコンを開き、在宅勤務の準備をする。
業務用チャットにログインし、淡々と仕事を進める。
資料を作り、メールを返し、数字を確認する。
――その合間に、ふと、押入れの方向を見てしまう。
(見ない、見ない)
わざと視線を逸らす。
(今は仕事中っと)
そう言い聞かせるほど、意識していることが自分でもわかった。
◇
昼休み。
簡単にカップスープを作り、パンをかじる。
スマートフォンで「乾燥 薬草 束」などと検索してみるが、似た画像は出てこない。
(そりゃ、そうか)
名前も用途もわからないのだ。
それらしい画像が出てくるのは、むしろ奇跡だろう。
迷った末、真琴は立ち上がり、押入れの前に座った。
(……幽霊じゃない、大丈夫)
理由になっていない理由をつけて、襖を開ける。
木箱は、そこにあった。
位置も、向きも、昨夜と同じ。
箱の中を覗き込む。
銀貨と紙と草束。
すべて、変わらず存在している。
自分の書いた日本語の下に、整った文字列。
(書いた人、几帳面そう・・・)
文字の配置が、妙にきれいだ
真琴の書いた日本語のほうが、右肩上がり。
(私の字、不格好だ、あー、ペン字でも習おうかな・・・)
少なくとも、これを書いた人物は
殴り書きするタイプではなさそうだ。
◇
午後の仕事は、意外にも集中できた。
頭の片隅に押入れはあるが
それ以上に、「いつも通りでいよう」という意識が勝った。
夕方、
業務終了のチャットを送信する。
(……さて)
逃げる理由はもうない。
◇
夕食は簡単に、レトルトのカレー。
風呂を済ませ、髪を乾かす。
夜になると、家の音がよく聞こえる。
外壁に吹き付ける風や庭の木のゆれる音。
遠くの虫の声。
(……一人だな)
今さらの事実が、少しだけ胸に沁みた。
机に向かい、メモ用紙を取り出す。
(何を書こう)
真琴は深呼吸して、一文だけ書いた。
『あなたは、人ですか』
余計な言葉は足さないことにした。
(まあ、読めるのかもわからないけれど)
紙を箱に戻す。
次に、昨日より少し考えて物を選んだ。
水のペットボトル。レトルトのお粥。
(同じ食べ物系にしてみよう)
だが、クッキーを食べたなら、完全に人間の可能性もある。
パタリ箱を閉じて、押入れの中に戻した。
◇
布団に入っても、すぐには眠れなかった。
天井を見つめながら、考える。
(……もし、返事が来なかったら)
それはそれでいい。もともと不思議な現象だったし。
(でも、もし来たら・・・)
そんなことを考えつつ、夜は更けていった。
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